スーパーコンピュータと進歩の限界

スーパーコンピュータ富岳

富岳が世界一のスーパーコンピュータとして認定されたそうです。おめでとうございます。
これは日本人にとって様々な意味合いを持つでしょう。アフターコロナで、良いニュースが聞けて元気が出たと思う人も多いかも知れません。ちょうど敗戦によって打ちひしがれた日本人に、湯川秀樹博士のノーベル賞日本第一号のニュースは、日本人に自信を取り戻すものであったそうです。
あるいは旧民主党政権で蓮舫さんの「二位じゃダメなんですか?」という質問を思い出した人もいるかも知れません。
またほら見ろ、進歩は無限に続くのだと、無限進歩幻想にすがる人もいるかも知れません。しかし

スーパーコンピュータはまだまだ進歩する可能性があることは、科学の基礎から考えられる。

のですね。コンピュータというのは、基礎的な科学知識から言えば、数や記号あるいは一般に情報を、0と1の羅列で表すものです。01100101とかね。情報を0と1の羅列で表すことをディジタル化と言っています。身近な

QRコードで考えて見ましょう

例で言えばそうですね。バーコードを思い出して下さい。あるいはその進化形のQRコードを。バーコードは例えばスーパーでの商品についていますね。
バーコードやQRコードは、白と黒の羅列で出来ています。バーコードは正方形の中に模様があるように見えますね。それも白地に黒一色の。あの模様が実は0と1の羅列なのです。正方形の一辺を例えば100等分割しましょう。そうすれば全体の正方形の中に100×100つまり一万個の正方形があることになります。この一個一個を白か黒で塗りつぶしたとします。どうなるでしょう?ちょっと考えて見て下さい。100分割で多いと思えばずっと簡単にして5分割で実際にやってみても良いですよ。
そうすれば白地の中に黒の模様が(あるいは逆に黒地の中に白の模様が)浮かび上がってくるとは思いませんか? これがQRコードです。白を0に黒を1に対応させると、0と1の羅列になるでしょう?

このQRコードを小さくしたい、あるいは同じ大きさでもっとたくさん情報を入れたい、と思えば原理的には簡単にできます。

QRコードの大きさを変えずに、乗せられる情報量を多くしたいと考えたとしましょう。これは原理的には簡単にできます。正方形の一辺の分割量を増せば良いのです。例えば100分割を200分割にしましょう。そうすれば小さな正方形の数は一万から四万に増え、乗せられる情報量は4倍となります。あるいは同じ情報量で見ると、必要な大きさが1/4に減少しました。
では分割量を増やすには、何が必要でしょうか? それは技術的な改良です。読み取り機が半分の大きさを間違いなく見分ける能力です。こうしてディジタルの進歩は、技術的な問題となりました。イノベーションが有効になります。

QRコードに対する科学の基礎からの限界は?

それでは限界無く改善が出来るのでしょうか? 実は科学基礎からの限界はあります。つまり分割が無限には出来ない限界があります。何でしょう? その限界は。
ギリシア時代からの古い疑問に通じます。物質は無限に分割できるのかと。そしてその答えはNoです。分子まで分割すればそれ以上分割できません。あるいは原子までと言った方がいいでしょうか。
それに伴ってQRコードを無限には改良できません。分子は分解できないですから、分子レベルまで分割すれば、それ以上改良は出来ないのです。ただ現在のQRコードの目の粗さは、とてもじゃないけど分子レベルには到達していないのです。したがってQRコードの改良はまだまだ可能です。

スーパーコンピュータの限界は?

QRコードは情報を保持する仕組みです。コンピュータは情報を保持し、またその情報を処理する(計算する)機械です。したがって単なるQRコードに対して、それを処理する仕組みが必要です。しかし情報を処理する基本原理の実用化法は、20世紀半ばに発明されて以来、全く変化していないのです。
基本は情報の基本単位0と1に対して、それを掛け合わせたり、足し算をしたりする法則で、これを二進数の演算と呼びますが、一時は情報教育の基礎としてこれは大切だと、二進数の演算を中学の数学で教えていたものです。今から40年ほど前ですかね。今50歳から60歳くらいの方は、ああそういえば二進数って習ったなという方も多いでしょう。私も大学院時代、塾のアルバイトで教えていました。
スーパーコンピュータは①情報を蓄える②蓄えた情報を処理する、の二つの仕組みが必要です。①は原理的にはQRコードと同じです。但し媒体は紙ではないですが。情報を蓄える装置は、パソコンだと例えばハードディスクやUSBメモリーがそうです。②についてはCPUと呼ばれるものがそれにあたり、パソコンやスマホなどの最も重要な働きをするところです。
スーパーコンピュータの仕組みは、基本的にはパソコンと同じです。ただそれが大型化され、高速化されただけです。もちろんそのための技術が必要な訳であり、技術の進展で今年の富岳は世界一になった訳で、それは素晴らしいことです。今後も高速化と小型化(同じ情報量を蓄える装置が小型化するー同じ大きさで蓄える情報量が増す)は進むでしょう。
小型化はQRコードの場合と同じで、分子レベルの大きさまで記憶装置の単位が小さくなるまで、原理的には改良が可能です。まだまだ進歩の余地はあります。一方高速化は同じように演算装置が小さくなる(小型化する)のが分子レベルに到達するまで、そして演算のスピードがその大きさを光が進む時間を単位に計れるようになるまで、進化が可能です。

要はコンピュータはまだまだ進歩の余地がある

のです。言い換えれば限界にまだまだ達していないわけです。その訳は基本的には、①情報を蓄える基本単位②情報を処理する基本単位が、限界である分子レベルには達していないからです。

地果て 海始まる処 海に陽の 憩える処(ルイス・ヴァス・デ・カモンイス)
眼下には 岩砕く波 眼凝らさば 果てぬ海原 地はここに尽く(南駄老)

人の密集度にはソーシャルディスタンスという限界がある

ことが今回のコロナ禍で解りました。ソーシャルディスタンスを保つには、2メートル四方の正方形を考え、そこに一人しか入らない状態を仮の限界と考えれば良いでしょう。この状態を常に保つには、大都会では明らかに無理があります。感染症を一時的に忘れることが出来た20世紀に、人類という馬鹿な動物は無意識のうちに、この限界を超えていたのです。感染症は21世紀には頻繁に人類を襲うでしょうから、アフターコロナでは出来るだけ速やかに、ソーシャルディスタンスが許す範囲の、人口密集度の状態にまで、社会構造を戻さなくてはなりません。少なくとも次回の緊急事態宣言では、全国一律8割人の接触を減らすみたいな、恐ろしく非科学的な要請は出さないように、また各県でそれを受けないように、理解を進めておかなくてはいけません。

エネルギーの限界とコンピュータの限界

コンピュータの基礎科学的な限界は、分子の大きさという限界です。これを越えて、情報記憶装置を小さくは出来ませんし、これを光の速さで移動する時間を越えて、情報処理の基本単位の高速化を図ることは出来ません。現状のコンピュータは、まだまだ限界に達するにはほど遠いですから、これからもどんどんコンピュータは高速化していくでしょう。
一方人口の集中は原理的な限界はないと考えられていました。だから大都市集中が20世紀に進みました。しかしソーシャルディスタンスという限界があることが、コロナ禍で明らかになりました。これを大切な教訓として学ばなければ、人類の発展の限界を避ける方法を見つけることが不可能となり、文明崩壊に進むことになるでしょう。
一方エネルギーの限界は20世紀から明らかでした。それを「エネルギーの法則」を全く知らない文系人達が、「科学の進展でエネルギー問題を解決できる」ような、全く馬鹿げた発想で、限界を無視して突き進む愚を犯している状態が20世紀末からずっと続いてきたのです。
エネルギーの限界とは化石燃料の限界です。そしてそれを回避する方法は、人口の密を避けるという、ソーシャルディスタンスを保つのと同じ発想に繋がるのです。

現在の大都市集中は、ソーシャルディスタンスの限界も、自然エネルギーの限界も超えている

化石燃料の直接の限界はその有限性にあります。この有限性を現代人は見ていません。単に直視したがらないのです。現代社会は恐ろしいまでに化石燃料に頼った社会である。その化石燃料が有限であることは、恐ろしいから考えたくない恐ろしいまでの現実回避です。
化石燃料の有限性を克服する唯一の道があります。自然エネルギーで快適な生活が出来るよう、社会を変えていくことです。しかしその為には、ある限界を意識しなければなりません。あまり密な社会を作らないことという限界です。何故なら自然エネルギーは、元を正せば太陽からのエネルギーです。太陽からのエネルギーは地球全体に降り注ぎます。大都会に集中して降り注ぐなどということはないのです。集中しない、だけど豊富で無尽蔵なおおらかなエネルギー源、それが自然エネルギーなのです。
現代の大都会ー例えば東京ーの過密状態は、自然エネルギーで支えられる限界を超えています。20世紀には、ソーシャルディスタンスの限界も、自然エネルギーの限界も、ほとんど誰も意識しなくて済みました。21世紀になってその限界に目覚めよという、天の声とも言うべき事件が続いています。3.11しかり。コロナ禍しかりです。皆さん耳を澄まして、その天の声を聞き取ろうではないですか。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。


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