東京は諸悪の根元?

兵庫県知事の言葉です

今日、東京の新規感染者数が220人と過去最悪になりました。
非常事態宣言が解除され、それでも新規感染者が東京だけ2桁を下回らない状態で、「規制緩和」が行われ続けた段階で、東京はこのまま収まるわけはないなと考えていましたが、ここまで悪くなるとは思いませんでした。
兵庫県知事は以前から大阪に対しても問題とされる発言を続けてこられた人ですが、私は大変正直ないい人であると思います。そういえば嘘で凝り固まっているように見えて、問題発言は上手に抑えているかに見える都知事も、芦屋という兵庫県の出身でしたね。
私は兵庫県知事のような愚直とも見える発言のほうが、後から見たら正直な発言だったと、歴史に残って行くだろうと思います。だって東京は東京アラート以来どんどん感染者が増え続け、現在に至っていますが、それに伴って、いったんは収まったに見えた、全国の感染者も増え続けているのですから。長期的に採ったデータはごまかせません。この異常時、急激な事件進行時では、一ヶ月といえども長期です。わずか半年で世界を激変させようとしているコロナ危機では、長期である月単位で見れば、明らかに東京が全国の感染を牽引しています。それが解らない論壇やマスメディアは、フランス革命の時系列を見ればよろしい。月単位で変化が進行するのが革命なのです。

東京が怖いと言って何が悪い?

兵庫県知事の発言に対して、すかさず東京目線の(マスメディアの)、非難が上がったようです。マスメディア自身が、発言取り消しを報道しています。そのニュアンスを見ると、兵庫県の知事の発言取り消しが、いかにも当然だという感じです。
その論拠は「東京から感染が広がったという科学的根拠が希薄である」ということのようです。ここにマスメディアの言う「科学的」に、絶望的な意味の希薄さを感じます。
東京以外の地に住む人の共通認識は「東京は怖い」です。東京では感染者が減らず、「規制緩和」の後はズズズズズーって感染者が増えていったのです。これが怖くなくて何でしょう。これを重く受け止めるのが、時代を正直に考える第一歩です。
もちろん一番恐怖を感じているのは東京の人でしょう。でも東京が諸悪の根元であると思いたくないのももちろん東京の人です。
しかし政治を担っている人の最大責任は、未来を見据えて現在の問題を解いていくことです。東京が怖いと言って何が悪いのですか? 現実をまずしっかり見なくては。

「東京は怖い」からすべてが始まる

私は「東京が怖い」という認識から、未来が始めて開けてくると思っています。これは東京の人を差別するのでは決してありません。要は東京は都知事がしきりに繰り返した「三密を避ける」ことが出来ない都市なのです。過密状態にしてしまった日本の戦後の歴史が問題なのです。それを地方の人は素直に感じ、正直な地方知事がそれを言っているのです。
東京の人達は、嘘で固めたように見える知事を、圧倒的に支持して再選させました。それはそれで解ることで、「民主的に」間違いではありません。東京の人は、ほとんどが戦後地方から東京に出てきた人、あるいはその子供達孫達です。自分や親たちの過去の選択を間違っていたと思いたくないのは当然ですし、だからこそ東京密集が悪いと思いたくないのでしょう。
しかし私は3.11を思い出します。あのとき東京の人は、ほとんど全員原発は嫌だと思っていたと感じました。学際的に開かれた「専門家達」の意見を聞いてもそれは明らかでした。
都知事を最初に政治活動に引き上げた細川さん、最初に閣僚に引き上げた小泉さんが、反原発に取り組んだのは皆さんご存じの通りです。心ある「専門家」や政治家は、原発推進の嘘を見抜いたのです。それは近代主義の終焉に他なりません。
しかし近代主義の終焉は、東京都民には受け入れがたいことでしょう。だって近代主義は明治維新後かなり嫌々ながら、戦後は少なくとも庶民には否応なく、取り入れてきた結果の都市集中なのですから。
結局東京都民はあれほど嫌がった原発を許し、自分たちの生活を守りました。だって東京が消費する莫大な電力は、どのように頑張っても太陽光発電では供給することは出来ません。
そしてCO2排出削減と言って、石炭火力を排除して済む問題でもありません。この簡単なことを、東京目線を持つ誰もが、理解していないようです。
それは簡単な計算で解ることですが、都民は「文系」を盾にそれを認めようとしませんでした。「文系」も、明治以来の百年遅れの発想なのですが。自分たちが最先端を行っていると信じたい都民はそれを認めようとはしませんでしたし、東京論壇のほとんど誰もが、その発想を持ちませんでした。それは長期的に見て、東京文化の致命的欠陥だと思います。このまま移行すれば、百年後には東京文化は歴史のくずかごに葬られているでしょう。東京の町とともに。
ですが東京都民はそこまで考えたくないのは当然です。聞えてくる論調は「東京論壇」が発するものばかりですが、東京論壇は20世紀の遅れた発想しか出来ない、世界の論壇から見ると、すでに歴史のくずかごに捨てられている論壇ですから。というか、東京論壇が世界をリードした例はありません。常に欧米論壇の紹介に徹してきたのが現状です。
その東京目線の停滞感を敏感に察し、東京都知事選に出馬した現都知事は、引き上げてくれた二人の恩人の、自分より上のレベルの政治的直感は全くないのでしょう。それはそれで仕方ありません。

問題は未来の日本をどうするか

民主主義は庶民を基本とします。これは正しいことでしょう。多くの人が幸せを感じる。そして未来もまた、自分の子孫達が幸せに生きてくれる。自分の子孫達が幸せに過ごせるなら、自分の犠牲はある程度は仕方ないと思うものです。その方向に向かって、国家があるいは地方政治が努力しているなら、自分の犠牲もある程度仕方ない。そう思うのが庶民ではないかと思っています。
そこが民主主義とポピュリズムの決定的な違いだと思います。
現都知事が単なるポピュリストなのか、ひょっとして歴史に残る偉大な政治家に名を連ねるのか、「東京は諸悪の根元」という言葉をどう受け止めるかにかかっているような気がします。嘘をついてものし上がるのは、実行したい政治を行う上でならあり得るでしょう。逆に言えば何故そのような嘘とみられる発言や行動を行ったのか。それは政治家として何を行いたいのか、それにかかってくるでしょう。
そして都知事を圧倒的に選んだ都民達が「東京は諸悪の根元である」という言葉をどのように受け止めるのか、それは東京都民に対する未来の評価を決定的に左右するに違いありません。

菅官房長官が「東京問題」と言ったそうです。この方はかなり政治的に考えた発言をなさる人だと改めて思いました。冷徹な政治家と思います。東京が一番劣等生であることを、数字から素直に捕えることが、未来を見据える第一歩だと思います。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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