気候変動への危機感、日本は3番目の高さ 国連が調査

上の画像の本は末吉正三さんの著作です。私たちの地球という呼びかたは頻繁に使われますが、末吉さんは私の地球と呼ぼうではないかと提案されています。何故なら私たちの地球と呼べば、沢山の人の中から、誰かが掃除をしてくれる人がいるだろうと考えてしまう。そうではなくて、私の家(地球)と考えたら、自分で掃除をしなくてはならないと考えるだろうから、という理屈です。

気候変動は地球規模の緊急事態か

朝日新聞の記事です。気候変動は地球規模の緊急事態か?という質問を、国連開発計画(UNDP)が世界50カ国の約122万人を対象に尋ねたところ、日本では79%の人が「はい」と答え、世界で3番目に高かったそうです。
気候変動への危機感、日本は3番目の高さ 国連が調査
これって報道した朝日新聞自身、びっくりしているのではないでしょうか? グレタ・トゥンベリさんのスウェーデンなどを抜いて、世界第三位ですよ。それも記事を読むと、イギリス、イタリアが81%で一位、その両国に次いで日本は79%の人が、気候変動が地球規模の緊急事態であると考えているそうです。これってとても信じられないのが、3.11からずっと持っている私の実感です。日本人は気候変動には危機感を持っていない!! これが私のこれまでの実感でした。またこれは私の心ある友人たちの共通の認識で、むしろ「日本人の危機感の無さに絶望的な危機感を持っている」のがこれまでの実感です。

76億人が暮らす「一軒家」

76億人が暮らす「一軒家」の著者も、そのような私の危機感を共有して下さっている一人です。著者の末吉さんは、ごみ問題をきっかけとして環境問題に長い間取り組んで来られた人です。末吉さんは、また長い間子供向けの本などの執筆に取り組んでこられました。本の表紙の紹介にもあるとおり、環境、人口、エネルギー問題、防災関係などの本の著者でもあります。もちろんそれらの問題について、すべての分野を通じた専門家はいませんから、「専門家」が監修者として本には載るわけですが、実際の執筆は末吉さんが当たるわけです。私と末吉さんは、執筆者と監修者の関係から始まりました。その後法政大学で8年にわたって開いてきたサイエンスカフェに、毎回参加して下さるご常連の一人となっていただきました。
今回のコロナ禍でもそうですが、危機を専門家に任せる、政治家に任せるという態度は全く通用しません。危機を乗り切るためには、国民一人一人がしっかりと考えなければなりません。そういう意味で、この本は、様々な問題を一人の国民として考えた作品として、非常に高く評価されるでしょう。

コロナ禍で日本人の危機意識が高まった

危機の解決は専門家に任せれば良い、政治家に任せれば良い、それがこれまでの日本人の主流であった考えだったのではないでしょうか? 今回のコロナ禍でも、その考えが根底にあることが国民の混乱を増しているように思います。
危機は専門家に任せれば良い、政治家に任せれば良い、そう考えてきた日本の惨めな結果が気候変動にあると言えます。気候変動は日本人がこの10年間、実際に被害に会い続けてきた問題です。今北陸などで起こっている豪雪もその一環かも知れませんし、毎年甚大な被害を与える台風や豪雨は、明らかに過去になかった激しさを増しています。だから気候変動を危機と考える日本人が79%になったのかも知れません。
気候変動ー環境問題は、21世紀に入って特に、温暖化ガス排出問題として、常に言われてきました。しかし温暖化ガスの代表と考えられているCO2の削減には、日本は惨めに失敗しています。そのこと自体も国民のほとんどは知っていないでしょうが。国民が自分のこととして考えず、専門家や政治家が解決する問題だと思ってきたからに他なりません。実際に一人当たりのCO2排出量を過去30年間で見てみましょう。図はIEA(International Energy Agency)のHPから持ってきたものです。まず日本です。

次は危機意識が一番高いと出たイギリス。

次にやはり危機意識が一番高いイタリアです。

どうです。三番目とはいえ日本は惨めでしょう。30年間全く無策だったと言わざるを得ません。30年前は日本の一人当たりのCO2排出量は、イギリスよりも少ない量でした。しかし現在はイギリスもイタリアも排出量をぐんと減らし、この三カ国のうち、最大の排出国は日本になってしまいました。
日本では排出量は減っていない。このこと自体ほとんどの日本人は気づいていないでしょう。それどころか、クールビズを自分の政治的成果であると自らも振る舞い、また周囲もそれを認めるという奇妙な現象も、誰も気がつかない状況です。エコを行ったつもりの「つもりエコ」は、日本人固有の病理となりました。その結果全く結果が出ない危機管理法がまかり通るようになって、現在のコロナ危機になるわけです。一方でイギリスもイタリアも、まさにクールビズの年代に、CO2削減に向けての階段を、しっかりと歩み始めていることが上の図で明らかに解ります。これはヨーロッパ諸国では共通していることですが。
コロナ禍以前には、国民が危機管理を考える必要はない、そのために専門家がいる、政治家がいる、と思うことが当たり前の風潮でした。だから心ある皆さん同様私は「危機感を持たぬことが日本人の危機だ」と強く感じていました。しかしそこへコロナ禍という危機が実際に襲いかかりました。政治家は右往左往、専門家は思ったほど頼りにならぬ、国民は否応なしに自分で考えさせられる。そのような状況です。気候変動を緊急の危機と考えるかという質問は、いつ問われたのか明らかではないですが、新聞に今掲載されると言うことは、間違いなくコロナ禍の最中でしょう。コロナ禍の中で、国民が第二次世界大戦以来忘れてきた危機を、実際に感じ始めて、気候変動にも強い危機を持ち始めたのかも知れません。そうだとすれば、日本にとってコロナ禍は、むしろ幸いな禍であったと、後の世に考えられるようになるのかもしれません。

気候変動では専門家と政治家を疑え

コロナ禍では、東京に巣くう政治家が、与野党ともに全く役に立っていないことが明白になりました。しかし何が悪いのか、しっかり見極めないといけません。国民に訴える力がないという言説も良く聞きます。しかし訴えているつもりに頼る政治家は、国民を訴えられているつもりにさせることで、更に悪い結果を与える可能性を示したのが、上に述べたCO2削減の実態です。
今必要なのは国民の考える力です。基本的なことは国民一人一人が理解しておかなければいけないのです。今回のコロナ禍では、指数関数が理解に必要なのですが、報道をみると指数関数を理解しての報道は皆無と言って良い状態でした。でも指数関数って高校の数学Ⅱで、昔から習っているはずの関数です。8割叔父さんが思い出させてくれたはずですがね。
環境の専門家は、感染の専門家よりもっともっと頼りないと思わなければいけません。何しろ21世紀に入って以来、環境問題は常に意識はされてきました。環境の専門家も沢山いたはずです。CO2削減の専門家、あるいはそれを専攻して大学を卒業していった学生達、古い人では今や50歳前後となって、社会の重要な部署に着いている人も多数いるでしょうが、その人達はCO2削減を成功させてこなかったのですよ、先進国で恐らく日本だけの現象として。
日本で何故CO2排出が起こるのでしょう? もちろん化石燃料消費から起こります。そして問題はエコを語る人達は、全ての人が電気屋さん、ガス屋さん、自動車屋さんのエコの話を垂れ流していたのです。これってこの十年間私自身が経験し、びっくりしているから本当のことです。そしてこれらの人達は、エコの話をすれば自分の会社に利益になることで、エコの話をしてきました。要はCO2を垂れ流す会社の宣伝を、エコというオブラートに包んでやっていたわけです。
2050年までにCO2排出を実質ゼロにするというのは、今やさんざん悪者にされている現首相の、それでも21世紀のこれまでの首相も含めて、恐らく最大規模で歴史に残る、大英断だと私は思います。私はこれだけでも口べたな現総理を評価します。そして国際的にも評価されているのが、今回のテーマの話題に繋がっているのだと思います。
政治家は時代の流れに乗って行動し、そして時代の流れを、その人の意思とは関係なく動かすことになります。特に時代の変わり目にあっては。日本人なら解るでしょう。戦国時代や維新の時代を考えて見ましょう。光秀は悪意に満ちた裏切り者だったのか、それとも麒麟を呼ぶために働いた義の人なのか? 真意は残りません。しかし時代を動かしその名前は残りました。
どういうことかを少し説明しましょう。菅さんは多くの人と話をする事で政策を考える人のようです。多くの人とーつまりエコの専門家以外の人も含めてー話をする中で、気候変動を気にしている人が多いことを知ったのでしょう。そういう意味で勘が良いと考えられます。また国連は先進国の中で日本だけが劣等生であると当然知っているでしょう。そこでこの機会を捉えて、50カ国の国民に調査をしたのではないでしょうか?日本もちゃんと含めて。そしたらコロナ禍の中の日本国民が危機意識を強めた結果、気候変動について世界最高レベルの危機意識を持っていたという意外な結果を与えたのでしょう。
国連の調べでは、日本国民の79%は気候変動が世界的な危機であると考えているそうです。だがそれに対して、その危機に対して何をなすべきかの問いには「必要なことはすぐにすべて」と答えた割合は62%(世界平均59%)とこれは世界で17番目なのだそうで、世界的危機に対して必要な行動を起こすという意識の低さが目立ちます。恐らくコロナ禍の前では、もっともっと低く世界最低レベルだったのではないでしょうか?記事は国連の担当官の次の言葉で締めくくられます。

日本の市民の多くが『気候危機』に強い協力姿勢を持っていることを歓迎する。政府が世論の後押しを受け、政策面でさらなるリーダーシップを取ることを期待する

これってものすごく皮肉が込められていると感じます。でもその真意は日本政府に対する強いメッセージです。そして日本国民に対して強い危機意識を持ち続けて欲しいというメッセージも込められています。それをやはり皮肉だったという絶望に落としてしまえば、日本に未来はありません。
つもりエコは最早通用しません。またつもりエコを利用するやってる感だけの政治家を選んではいけません。そんなことを続ければ、先進諸国とはもはや認められないのです。
コロナ禍はもうしばらく続くでしょう。私はコロナ禍はチャンスであると思っています。今回紹介した国連の調査も、コロナ禍の中でバイデンさんがアメリカ大統領になったことを国連(UNDP)がチャンスととらえ、気候変動に対する諸国民の危機意識を調査したところ、コロナで深刻になった諸国民がコロナに重ね合わせて気候変動を危機と考えた事が反映したのだと思います。
もともと気候変動は化石燃料をがんがん使うことから起こること。産業革命以来の、人類史にとって短い時代が幕を閉じるのです。産業革命以来世界の先進国は社会を大きく変えてきました。日本も分散型社会から東京一極集中へ、極度の社会変動を生みました。その変化以上の変化を、これからの日本は始めなければならないのです。幕末以来のワクワクする時代変動が待っているのですよ。
私が常に主張していることは、地方分散型社会・脱自動車社会でなくては、自然エネルギーに支えられる未来社会は開けないということです。これは感染危機に強い社会でもあると主張しています。
コロナ禍を受けて唯一の希望は、危機がない(少ない)未来社会建設です。気候変動は事実我々日本人が常に受けている危機です。これを回避するため、アフターコロナで何をすれば良いのか、何が出来るのか、多くの人が幸福を感じそして持続する未来へ向けて、コロナ禍の中で歩き始めませんか? 末吉さんにならって。
残念ながらこの本は京都の本屋さんのどこにもおいてありませんでした。興味ある方はこちらからどうぞ。


76億人が暮らす「一軒家」: 地球で起きていることにはすべて理由がある

まとめ

最近の国連のアンケートでは、気候変動が全地球的な緊急課題であると考える日本人の割合は、世界で三番目に多いそうです。恐らくコロナ禍という世界的な危機で日本人が、危機を自ら考え始めたからでしょう。アフターコロナに向けて、危機感を持ち自分で考え続けましょう。その手助けとして、このブログを書き続けます。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

参考記事

この記事では専門家に頼らず自分で考え始める重要性を発信しました。CO2で考えることは、専門家に任せてしまう恐れがあり、これまで事実そうなっていたことを上記の記事で指摘したわけです。
CO2排出ゼロは、化石燃料消費ゼロと言い換えたらすごく解りやすくなります。そして化石燃料消費の実態はIEAのデータで解ります。近年IEAはサンキー図でエネルギー消費を表すことを始めていて、エネルギー消費の実態を一般の人が知るために、とても解りやすい資料となっています。サンキー図についての記事をご覧下さい。

>>エネルギーサンキー図の記事を見る

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