8月14日の東京新聞の朝刊第一面に、戦時中の法政大学予科長であった井本健作名誉教授の日記について記事が掲載されたそうです。私も東京にいた頃、東京新聞を読んでいました。
「法政大学では戦時中も英語を教えていたよ。」これは千年文化を考える会の最初から名誉会員になって頂いていたM様の言葉です。英語教育は予科であったと思われますから、Mさんは井本予科長の薫陶を受けておられた方だと解ります。先の発言をなされたMさんはとても誇らしげでした。大学予科とは戦前の(国立)高等学校に相当するもので、戦後はほとんどの場合教養部になりました。
例えば戦前の京都大学は、京都帝国大学であり、その予科として第三高等学校がありました。そしてそれらは大まかに言えば合体して戦後京都大学になり、第三高等学校は京大教養部として京大一回生(一年生)二回生、京都帝国大学は京大の三回生(三年生)四回生を教える機関になります。ただし戦前の場合は第三高等学校を卒業して、どこの帝国大学に行っても良かったなど、違いはありますが。戦前の高等学校、および大学予科は、専門を学ぶ前にしっかりと、基礎としての教養教育を行っていたのです。私立学校の場合には、それぞれの大学が予科を持っており、予科で教養科目を教えていました。
したがってMさんの言葉は、法政の予科では戦時中に英語を教養課程として教えていたということになります。それは英語教育を敵性語として避けてきた戦時中にあって、教育の原点をしっかり守るという、気骨ある教育を施してきたことを意味し、それをMさんは誇らしく思ってこられたのでしょう。

教養教育を軽んじた時代

Mさんの言葉は、法政大学は戦時中でも教養教育を重視してきたということを意味します。それを貫くには、予科の教師達、特に予科長は並大抵ではない努力と情熱をもって教育に当たられたに違いありません。そのことを東京新聞の記事は思わせるものがあります。日記に東条英機がたびたび言及されますが、東条は明らかに教養無視であり、科学無視であったことが日記からも読み取れます。
大和魂ではかなうまいと揶揄したとあるのは、当然東条の言葉を受けたものでしょうし、総理大臣、陸軍大臣、参謀総長、軍需大臣を兼務したのに対し、その任務を果たせないのは三歳の子供でも解ると言ったのは、余りのばかばかしさにあきれたのでしょう。でもこれって現首相のお友達ばかりで回りを囲むと同じことじゃないの?
明らかに戦時中は教養教育を軽んじた時代でした。

しかし時代は下がって、昭和の後期、教養教育を軽んじる時代が始まりました。高度成長を終え、それでも何とか成長を続けようとしたバブルのころ、文科省は大学の教養課程つぶしにやっきになります。全国の大学から教養部が消えました。京大の教養部も消えましたし、法政の教養部もなくなります。私は法政大学の教養部に着任したのですが、いわば井本さんの流れを汲んでいたわけです。そこでも教養部は消滅しました。

一方教養部つぶしは時代の流れに添っていました。高度成長が終わり、それでも成長にしがみつく産業界が主導して、大学を卒業する新入社員達の即戦力化を願い、教養など無駄という風潮が高まります。それ以前の社会では、無駄あるいは遊びは必要であるとの認識がありましたが、無駄という言葉は、まるで悪の代表の一つのような扱いを、社会から受けるような時代に徐々に変わっていきます。私は大学教員時代、何度も教養教育についての議論をする委員会に出席しましたが、あるときばかばかしさの余り笑っちゃいました。

理学は実学か虚学か?

実学という言葉があります。これは近代では福沢諭吉などが言い始めた言葉だと思います。福沢は当時西洋から輸入したphysicsを窮理学と訳し、実学の代表として取り扱いました。しかしある委員会で知ったのは、実学に対する「虚学」を、理系では理学文系では文学と、教養つぶしにあたる人達は考えていたのです。そして今実学をネットで検索すると、通常このように考えられているようです。そうすると物理学は通常理学部にありますから、福沢の認識とは逆に虚学に代わってしまいます。いつの間に実学の代表が、虚学に替わってしまったのでしょう。

ちなみに私が昔から使っている広辞苑第四版を参照すると、実学の項目はありますが、虚学については項目がありません。実学は応用の学という言い方はあるものの、それに対する概念が「虚学」という説明も実学の項目にはありません。昔は実学は単に応用の学と考えられており、基礎の学たる理学や文学の土台-理解の上に成り立つ、どちらかというと付属の学と考えられていたと思います。

そういえば更におかしな言葉の問題が。文系-理系は明治時代に西洋学問を取り入れた明治政府が学校制度を作ったときこのような分け方をしました。そして理系の学問として大学に理学部を、文系の学問として文学部を置きました。これは現代的な解釈では虚学になるわけですが、明治政府は西洋から虚学を導入したのでしょうか?名前の付け方からして、文系の代表あるいは基礎をなすから文学部、理系の代表あるいは基礎をなすから理学部を置いたと考えられるのに。現代日本では基礎は虚学として、なくとも良いと考えていることになります。

基礎を無視した結果のコロナ禍の対応

このように基礎を無視した上での大学で学んだ人達は、すでに社会の主たる役割を担うようになっています。今回のコロナ禍でも、そのような人達が対応に当たり、またマスコミで主要な役割を担っています。

コロナ禍の特徴として、毎日データが公表されます。しかしそのデータの取扱は、日々の生データの公表だけであり、それを同時に解析しようという姿勢が皆無です。基礎学問でも「実学」でも、データはそれを元に考えを発展させるためのもの。政治家のパフォーマンスの為にあるのではありません。今のデータ発表は政治家が自分の政策の戦術として発表していますが、それは基礎科学を無視した前近代的な姿勢です。それも災いして貴重なデータが全く生かされてはいません。

基礎を共有しない専門家の集まりは、意思決定を誤る

今の現状はまさにこの欠陥が見えてきているように思います。感染拡大のデータは、細部はもちろん複雑に違いありませんが、それでも基本はあります。専門家は細部を詳細に考えなければいけませんが、一般の人と政治家は、基本を踏まえた上で、専門家の知見を生かすという役割分担が必要です。これがなければ、科学技術時代の民主主義など、それこそ机上の論理、虚学の極みとなります。そして広辞苑が虚学の項目を設置していないことでも解るように、虚学は学ではないのです。感染拡大を理解する基本は、感染は指数関数的に増加し、指数関数的に減少するという法則です。事実長期にわたって私が分析すると、その基本で見れば、データを解釈しやすくなることが解ります。

指数関数的に増加するとは、一週間でどれだけ増加するか、比で考えることです。一週間で二倍になれば、次の週も二倍になるだろうという予測です。これでデータを考えれば、多くのことが解ると、このブログでもいくつかの記事で紹介しました。

これは専門家でなくとも、虚学と思われている理学の基礎で考えられることです。それも指数関数は、高校の数学IIで取り扱われる関数です。文系を選んだ高校生も、当然習得するはずの概念です。

しかしどのマスコミの報道を見ても、どのアナウンサーも、またほとんどのコメンテーターも、指数関数を理解していないなと思わせる反応を示しています。思い出すのは3.11後のこれらの人々の反応です。当然エネルギーについての報道が増えたのですが、皆エネルギーを理解していませんでした。WとWhを間違えたり、W/hなどとありもしない単位(原理的にはあり得ますが、それこそ虚学の範囲でしか考えられない、実世界の現象の理解とはほど遠い単位です)を平気で報道したり。平気で報道していたことから解るように、関係者全員が間違っていることさえも気がつかないというお粗末さです。

これで正しい対策の取りようがありません。指数関数とは専門家以外も知っていなければならない「基礎学問」なのです。それが「教養教育」で与えられなければならないのです。

東京新聞の井本さんの記事の終わりの方に、8月8日の日記があります。

広島市の空襲は敵機僅(わずか)にB29二機なりしに、全市の九割を倒壊し、人員の損害十数万、まことに空前の事にて全国民を震駭(しんがい)せしむ。(中略)近代戦は全く科学戦なることを軍は認識せざりしか。

英語その他の語学は、我々の文化を相対化し、他にも豊かな文化があることを教えてくれます。単に道具と考えるのではなく、英語担当の教員がそれぞれの思いで、教科書を選び異文化を教えます。それを敵性語とすれば、むやみやたらに日本の優越性を根拠もなく信じさせやすくなります。学の基礎である理学や文学を無視して「実学」を教えれば、応用が利かない「専門」に閉じこもって、いざというとき役に立たない政府、地方政府、マスコミ、組織を作り出すだけです。

原爆投下時、科学の大切さを瞬時に理解した井本さんの理解力を、コロナ禍に直面している国民すべてが共有し、基礎的な科学の理解力を皆で持つようアフターコロナでは務めなければならないのではないでしょうか? 

井本さんの薫陶を受けたであろうMさんの新盆に、東京新聞のこの記事が出たことは、私の活動を3.11の時から、持ち前の明るさで励まして下さったMさんが、変わらず私の活動を支援して下さっているとの励ましのような気がいたします。明日の大文字の送り火には、京都の地からお見送りをさせて頂きたいと考えています。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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