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エネルギーって何だろう(えねるぎぃっ亭南駄老)です。

えねるぎぃっ亭南駄老です。本名は小池康郎です。物理学者です。3.11とコロナ禍を乗り越えて、快適な未来社会を、誰でも解る基礎的な科学を用いて考えるためこのブログを始めました。3.11とコロナ禍には多くの共通点があります。最も大切なことは、東京一極集中を基盤に置く現代日本の脆弱さと、それを越えて示された、地域社会日本の希望に満ちた底力がどちらに於いても遺憾なく発揮されたことです。社会が大きく変わるのです。

これまでの活動


これまで東日本大震災それに続く福島原発事故を受け、エネルギーって何だろうという素朴な疑問から出発し、市民皆がエネルギーに関する基本的理解を持った上で、未来社会を考えて行かなければと思い、市民の皆様と共に未来社会を考えていく活動を行ってきました。その活動はNPO法人千年文化を考える会を基盤に行われています。

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エネルギーは物理学の用語ですから、エネルギー問題を議論している人には、物理学者が多いのじゃないのと思う人も多いでしょう。でも残念ながら違います。
社会的なエネルギーを論じている人には、物理学者は皆無と言っていいのです。
そして社会的なエネルギー問題を論じている人達がほとんど見落としていることがあります。「エネルギー保存則」という、物理学者が一番大切な法則と思っている法則を、無視してエネルギー問題を議論しているのです。エネルギー保存則自体は、誰でも解る明快なものですが。このような明快な科学の基礎を土台に、未来を考えていくのが、私の未来へのアプローチ法です。

科学技術の進歩で石油が必要なくなるかも知れない?

このような意見を聞いたことはありませんか? 私は何度も聞きました。市民達からも聞きましたし、困ったことにエネルギー関係者からも何度も聞きました。
そのたびに背中がもぞもぞ、気持ち悪くなりました。何故ってこれがエネルギー保存則に反しているのです。この発想の元になっているのは、現代社会に巣くう限りなき科学技術進歩幻想です。「科学技術」の「科学」とは、「自然科学」を指します。つまり「自然を理解する科学」です。自然法則に反した科学技術の発展はありえません。
残念ながら日本では明治以来の悪習として、高校の段階から理系・文系に分かれます。そして社会を考えるのは、文系となっています。社会的なエネルギー問題を考えるのは主として文系の人達なのです。エネルギー保存則は聞いたことがあるが、ちゃんと考えた事は無い、という人達が社会的なエネルギー問題を議論しているのです。ここに現代日本の基本的な病理があります。

原発は唯一化石燃料に代わりうる技術の進歩でした

化石燃料は有限であり、そのうち化石燃料に頼る時代は終焉します。化石燃料に代わって科学技術の進歩によって化石燃料を引き継ぐことが出来るのは自然科学の法則からは原発だけでした。
その原発が非常に危ないものだと示したのが、福島原発事故でした。そして驚くなかれ、原発が供給している電力は、事故前でさえ日本で消費されていたエネルギーの7~8%をカバーしているだけでした。世界全体でのエネルギー消費に対する原発電力の貢献はわずか2%です。
原発が世界のエネルギー消費を支える時代は、決してやってこないでしょう。図体だけでかい役立たずが、原発だったのです。それだけ現代社会はエネルギーを消費しているのだとも言えますが。

東京一極集中社会を自然エネルギーで支えることは不可能です

化石燃料時代が終焉するとき原発が使えないなら、自然エネルギーに頼るほかはありません。
しかしです。現代社会が消費しているエネルギーを調べていくと、徐々に私自身解ってきたのですが、自然エネルギーで現代社会を支えることはどう考えたってできないのです。

その象徴的なものが高層ビルです。5年ほど前でしたか、私はまだ法政大学に勤めておりました。市ヶ谷にあるキャンパスです。大学も高層ビルを10年以上前から持っていたのですが、近くに新しく高層ビルが建ちました。
スマートなビルで、内部もスマートでしたが、屋上にソーラーパネルをつけていました。そしてその発電量をパネルで示していました。皆さんの周りにも最近あるでしょう。ですがそこは他にない特徴がありました。ビルの消費電力も同じパネルに示していたのです。これは恐らく他に見られない試みでしょう。

そしてパネルは正直です。そのビルは春や秋には1時間で2500kWhほどのエネルギーを消費していました。そして屋上のソーラーパネルは一日で10kWh程度発電していました。夏や冬には消費エネルギーは当然増え、4000kWhほどのエネルギーを一時間で消費します。一日の発電量10kWhの400倍を一時間で使います。高層ビルが自然エネルギーでは支えられないことをよく示しているでしょう。
他に自動車の消費エネルギーなど調べていくと、この現代社会は自然エネルギーでは支えられないことがよく分ります。恐ろしいことです。しばらく悩みました。

自然エネルギー社会は現代社会とは異なった社会です

そして段々と気がつきました。発想を根本的に変えれば良いのだと。現代社会は産業革命以来、がんがん化石燃料を消費することで成り立っている社会です。化石燃料を使うことが当然となり、化石燃料は集中して使えるから大都会集中などがおき、高層ビル建設ラッシュが起きました。
産業革命以来、人は故郷を捨て都会に流れ込み、大都市集中が世界中で始まりました。現代社会はどんどん密になっていったのです。
日本でも明治維新で産業革命が起き、それまで8割の人が農山漁村に住んでいたのに、2割しか住んでいなかった都会に人が移り始め、太平洋戦争後それは更に加速し、高度成長期に人口の割合が逆転し、都市に住む人が5割になりました。
その後も急速に都会人口は増え続け、今や都会に住む人が8割以上となっています。それも多くが東京に住んでいるのです。東京一極集中と言われています。その東京は間違いなく自然エネルギーでは支えることが出来ないのです。
化石燃料の有限性がすべての人の目に明らかになったとき、東京の人はどうするのでしょうか。
今回のコロナ禍でも東京が一番ガマンを強いられています。人口が密だからです。でもガマンすればコロナ禍は基本的には過ぎ去るでしょう。ワクチンができれば。科学技術の進歩を信じて待てば良いのです。

化石燃料不足の時代にこのままなったとすれば、どれだけ待っても、科学技術が新しいエネルギーを作ってくれるという迷信は通用しないのです。現代のエネルギー専門家の期待に反して。エネルギー保存則が、エネルギーは科学技術では生成できないと言っているのですから。

そのような状況になれば、コロナ災禍より悲惨なことになるのは間違いありません。
でも私がそう警告しても、ほとんど誰も聞こうとはしませんでした。特にエネルギー関係者は。だって彼らはエネルギー関係者ですから、現代社会がそれに立脚する化石燃料で儲かっているのです。その儲け口を否定されたくないのでしょう。でも自然には勝てませんよね。それを示したのが今回のコロナ災禍でした。

コロナ禍で人々は都会から離れたがるようになりました。

コロナ災禍は、明らかに大都会の住民に最大のガマンを強いることになりました。
非常事態宣言が全国で解除された後も、福岡(北九州)や札幌それに東京ではくすぶり続け、結局6月5日の時点で東京アラート宣言下の東京では、じわりじわりと新規感染者数が増えています。東京は本質的に密なのです。東京都知事が三密を避けてくれと言うのは、東京という都市の自己否定をしているのです。
事態が収まれば東京都知事は「三密を避けて東京を離れて欲しい」と要請しなければ。そうすれば小池百合子さんの名は、後世に大偉人として残るでしょう。でもはっきり言ってそのような大局観を受け入れての政治判断はできなさそうかな? 度胸と劇場型扇動政治力はあってもね・・。

一方今回テレワークなどが推奨され、都心に毎日通勤して仕事をしなくても良いのだと多くの人が理解しました。都会を捨てよ。地方に出よう。今から50年ほど前に流行った寺山修司の言葉を借りれば、そのようになりますかね。
明治維新以来続いてきた大都市集中の流れが、逆流に転じるのです。新しい時代が到達しつつあります。コロナ禍を逃れて地方都市へ。僕は非常事態宣言下でも、毎日自転車で小一時間ほど散歩をすることを、晴れた日には続けました。お寺に行っても人はほとんどいなくて、50年前の京都を思い出す静けさでした。地元を知っていれば、人もそして自動車も、まばらにしか通らないルートは解ります。
そして日本国中そのような町はあるでしょう。8割人と会うのを避ける必要があったのは、あえて言えば東京だけです。地方都市でもガマンは多少必要でしたが、自己判断でほとんど人と出会わない生活を続けることは比較的簡単に出来たのです。

新しい生活様式は、東京脱出にありです。

これはチャンスです。新型ウィルス感染に強く、そして快適な自然エネルギーに支えられる日本建設の、非常に大きなチャンスです。
新しい日本、持続的な日本建設の始まりです。別のところに書きますが、新型ウィルスパンデミックは、今回のコロナだけではなく、何回も起きる可能性があります。それに強い社会を築くしかないし、気がつけばその方が多くの人にとって、ずっと快適な社会であると判明するでしょう。そして自然エネルギーが支えることが出来る社会だと。

まとめ

エネルギーを正しく理解すれば、化石燃料は有限ですから、化石燃料に頼り切った現代社会は持続できまないことが解ります。化石燃料時代の次の時代は、自然エネルギーに支えられる時代です。そしてそれは大都市集中型社会ではなく、自然エネルギーで支えることが出来る地域分散型の社会となります。

COVID-19は都会で猛威を振るいました。テレワークなどで、都会に集中する必要は無いことに気がつく人も大勢でました。都会を離れて地方に分散することは、感染に強い社会を築くことでもあり、また自然エネルギーに支えられる社会を築くことでもあります。
このブログではエネルギーって何だろうという問いに代表される、一般の人の素直な疑問に対して皆様と一緒に簡潔な答えを考えつつ、持続的で快適な未来社会を考えて行きます。

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千年文化を考える会はNPO法人です。NPO法人の主たる財源は諸会費及び寄付となります。
コロナ禍で特に見られた現象は、20世紀から隆盛を誇ったマスメディアの衰退です。インターネットが進化するにつれ、SNSがマスメディアに取って変わりつつあります。それに伴って企業の広報活動も変わりつつあります。ブログなどに広告を貼り、その力で未来志向の企業活動が活性化しつつあります。
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大都会が魅力であった理由の一つが、客が多いので大規模店舗が可能であることでした。地域社会では限界があります。しかし地域に密着した魅力的な店舗と、そして規模に於いて圧倒的な通販の両立を図ることが、地域社会の課題でもあると考えられます。そのような役割分担に関する情報も、このブログでは取り上げていこうと考えています。
地域の店舗を補う意味での通販を利用する目的でも、このページを訪れて下さる人が増え、そしてこのページから通販の注文をすれば、会の寄付収入となるということで、是非皆さんこのブログをブックマークして、あるいは南駄老のページを思い出して、通販を使おうと思ったときはここから入ってみる習慣をおつけ頂ければ幸いに存じます。ありがとうございました。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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