分散型社会での地域の中心-地方都市

地域分散型社会を!!


3.11以降エネルギーの考察から、未来社会は地方分散型社会しかあり得ないと考え始めた南駄老です。
巨大都市集中型社会は、化石燃料が作りだしたもの、自然エネルギーで支えることは出来ません。しかし理屈だけでは人々は動きません。
ソウハイッテモネェ・・・。つい昨年まで、99.99%の人が現状維持の幻想を持っていました。それを今回のコロナ禍が、否応なしに崩し始めるでしょう。東京は感染に弱いことが誰の目にも明らかになりました。東京の何が悪いのか? それは単純に密を避けることが出来にくい都市だからです。これまで魅力の源泉と思われていた性質が、とたんに反転して、致命的な欠陥となったのです。
日本全国に散らばっている地方都市が、それぞれの地域の伝統を生かし、東京の機能を分散させた上で、地域の中心となるでしょう。そのイメージを描くために、ごく簡単な基礎を考えて見たいと思います。私の基礎は基礎的な物理学同様いつも簡単なのですがネ。

人口一千万人の規模で地方都市に流れる

現在の東京の人口は1400万人、それに神奈川(900万)、埼玉(700万)、千葉(600万)を加えると首都圏の人口は3600万人となり、一億二千万の全国の人口の約30%が、この一都三県に集中しているという異常さです。これが仮に現在の半分の2000万弱に抑えられていたら、東京もこれほどひどい感染に襲われなかったでしょう。東京がひどい感染に見舞われなければ、第二波がこんなに広く、全国に広まらなかったでしょう
コロナの感染拡大が本質的に終息するには、ワクチンが完成し普及するまでの、基本的には二年程度の期間が必要でしょう。それまでに東京オリンピックはかなりの確率で中止となるなど、日本社会への悪影響は莫大なものになるでしょう。
しかしコロナが収まっても、感染への備えは必要となります。現代日本ではこれまで、地震対策や豪雨への備えには、常に必要性が叫ばれてきました。しかし今回のコロナで、疫病に対する備えも付け加わったのです。
疫病に対する備えは実は常に日本では語り継がれてきました
日本の祭りの起源の多くは疫病退散にあります。ちょっと不思議な気がします。地震や豪雨による災害は昔からありました。でも地震退散や豪雨退散祈願の祭りはなく、疫病退散祈願の祭りは各地にあるのです。これは昔から日本が、疫病にかなり頻繁に襲われてきた証ではないでしょうか?
いずれにせよ疫病退散祈願は日本の伝統です。日本の伝統に沿った国づくりが、また令和の世に始まるのです。それは東京一極集中を解体することによって始まります。東京の感染予防能力を高めるには、3600万人のうち少なくとも1000万規模の人が分散しないと効果はないと見立てて良いのではないでしょうか? 
東京集中は日本全体に迷惑をかけることが、今回明らかになりました。まだ気がついていない人も多いでしょうが、客観的に考えると正しいと解ります。そしてそれはもちろん東京の人が悪いのではありません。集中した東京が悪いのです。
これだけの人数が一都三県以外の地へ分散すれば、受け手の人口は単純に10%を超えて上昇します。人口10万人の都市の人口は一万人増加します。
これまで各地域で長期計画を立てるとき、人口減少を考えに入れておかなければなりませんでした。例えば宇都宮では日本初の完全新設LRT敷設が国交省に認可され、現在工事が進行中です。素晴らしいことに先駆者宇都宮市は、人口減の効果も考えたうえで長期予算を計画したのですが、人口10%増を計算に入れると、これから始める都市は単純な人口減に捕らわれない予算を組めることになります。
逆に言えば地方分散化の流れの中で、地方都市の長期的展望を描くなら、都市の魅力を十分に発揮させ、移住人口を増やす計画の中で、公共交通問題を考えなさいと言うことになります。

何が東京の魅力をアップさせてきたのか

まず第一に仕事

これまで何故東京一極集中が進んできたのでしょうか? それを考えないと、地域分散型社会での地方都市の魅力を上げ、人口移動を推進できないでしょう。
もちろん第一は仕事でしょう。地方では仕事がないから、曲がりなりにも仕事がある東京に人々は吸い寄せられてきました。しかしコロナ禍で先を見通す企業ほど、東京を離れようとするでしょう。本社を地方都市に移そうと考える企業が増えるでしょう。
またテレワークでほとんどの仕事が済んでしまうといった企業では、社員を毎日通勤させる必要はなくなり、週一回程度会議のため、東京あるいはそれ以外にある事務所に顔を出せば良いと、判断する企業も多く出てくるでしょう。社員にとっては、自然に囲まれた広い家に住み、東京へは新幹線の便があるような地方での生活の始まりを意味するでしょう。このような可能性を、地方都市ではそれぞれの利点を強調し、人口流入を促進する必要があるでしょう。
分散された都市間の普段の流通が必要です。コロナなどの緊急時には、素早く遮断しコントロールする仕組みも考えなくてはいけません。消費エネルギーも考えて、都市間を結ぶのは鉄道が適しています。
張り巡らされた新幹線網と、JR旧線の交通ネットワークがある日本。地域分散型社会の基盤は、どの国よりも整っているのです。

通勤の便

東京では若い人達を中心に自動車離れが起きています。東京にいたときオッサン達の嘆きを良く聞いたものです。今の若い連中は自動車を持ちたがらないと。
でも自動車を持ちたがらないのは良いことです。何より自動車は莫大なエネルギーを食らいます。自動車を持ちたがらないのは、地球環境にとって、そして自然エネルギー未来社会にとって大変良いことです。嘆くオッサン達が間違っています。
東京では公共交通機関が発達しています。自動車を持つ必要がありません。これは間違いなく東京の利点です。それも公共交通機関の主流はバスではなく電車です。電車のほうが揺れも少なく、したがって乗り心地が良い。定時性も高い。そして消費エネルギーも格段に少ない。
地方都市では通常公共交通機関が未熟です。これは人口流入を妨げます。地域で計画して、公共交通機関を充実させる必要があります。それも出来るだけ電車主体へ。ヨーロッパ諸国では人口20万程度以上の中堅都市には、町の主たる公共交通機関としてLRTが発達し、地域の顔となっています。是非これを機会に各地でLRTを導入し、日本の地域社会の魅力アップを図ろうではないですか。電車-LRT-のエネルギー消費の少なさは、別の記事で紹介していきます。

>>電車のエネルギー消費の少なさのページへ行く

公共交通機関の主たる役割は、通勤から生活の足へ

公共交通機関について一つ重要なポイントを付け加えておきましょう。日本では公共交通機関は、主として通勤の足として発達してきました。通勤の足であるから、東京の悲惨な満員電車が生まれたのです。これは20世紀の産物です。
コロナは働き方を変えるでしょう。アフターコロナは20世紀とは完全に異なった社会を見せてくれるでしょう。それをどれだけ快適な社会にするかは、現代を生きている我々にかかっています。
東京は働く場所と住まう場所を完全に異なった空間として成立しています。そのため長距離の移動手段として電車網が発達しました。しかし居働空間完全分離は20世紀の構造です。21世紀にはこれは見直されていくでしょう。どのような都市空間になるのか、住民(古くからの住民と新しい移住による住民)の意思の総和を、どれだけ上手に市の当局が把握するか、都市の未来にとって非常に重要な判断が求められるでしょう。しかし間違いなく言えることは、公共交通の中で通勤は比重を落とし、生活がその比重を増すでしょう。料金体系もその発想を基にして考え直されなくてはならないでしょう。

>>LRTと地方都市のページに行く

大学

東京の魅力をアップさせてきた要因の一つに大学があると思います。私が高校時代、東京の大学に行くというのは、一つのトレンドでした。生まれ育った場所から都会へ行きたい、そう思って都会に流れていく高卒者がかなり存在したのです。
これは世界的には異常なことです。アメリカ全土で、ニューヨークの大学に進学したいという希望を持った高校生はわずかでしょう。ニューヨークにも大学はありますが、全体としては無視できるほどです。アメリカの大学の大部分は地方都市にあるのです。
アメリカのこの伝統はヨーロッパを受け継いでいます。ヨーロッパの有名大学は、ほとんど大学の町にあります。人口が10万とか20万で、学生数が4万人みたいな大学町が様々な国にあります。それも歴史ある大学に。
例えばパリ大学と並んで世界最古の大学と考えられている、11世紀に設立されたイタリアのボローニャ大学。ボローニャは人口40万弱です。北欧最古の大学ウプサラ大学があるスウェーデン-ウプサラは人口15万。古くはケプラーが学び、ヘーゲル・シェリング・ヘルダーリンが学生時代フランス革命に青春の血を踊らせたドイツ-テュービンゲンは人口15万人。ドイツ最古の大学があるハイデルベルクは人口14万人。イギリスで最も有名なケンブリッジやオックスフォードも都市としては小さな大学町です。どこも大都市に集中はしていないのです。

交通の便が良い地方都市を大学町に

それを考えると、日本でも大学で持っている町を創成しても良さそうですね。京都はそういう感じもありますが、140万都市ですから、大学だけで持っている町とは行かないでしょう。奈良などをそうする可能性はあるかも?
ちょっと面白いと個人的に思っているのは米原(人口10万弱)です。米原はもちろん関西圏で、近江にあり彦根に近かったりして歴史も古いのですが、面白いのは名古屋にも、大阪京都にも、JR一本で乗換え無しに始発から乗れるのです。一時間に三~四本出る、停車駅が限られた快速列車の始発で、ゆったりと関西地域にも中京地域にも移動できますから、座って本を読んでいるうちに行けちゃうのですね。料金は片道二千円以下です。また東海道新幹線も止まりますから、東京出張も容易であるというメリットもあります。これは片道一万円ほどかかりますが、出張旅費として使えば日本経済が潤います。
つまりすべての三大都市圏の中心に、米原駅から2時間以内で比較的安価に行けます。米原から京都駅までは50分です。米原の町は狭いし平坦ですから、自転車で10分以内に米原駅に行ける町の設計も可能でしょう。週一回往復するとしても、決して負担とはならない時間と料金です。
リニア新幹線はこの三大都市圏の中心を一時間で結ぶという構想です。ある都市圏の住民が、別の都市圏の目的地まで、つまりドアツードアでどれだけの時間がかかるのか、またどれだけのお金がかかるのか。出発地到着地それぞれの都市圏で、一時間ずつかかるとしても片道三時間。ましてやアフターコロナでは都市圏の中心は魅力を失います。
こんなのを新設するのに多大なお金をかけるのでしょうか? そのお金でどれだけの地方都市に、すべての住民に恩恵を与えるLRTを敷設することが出来ることか。
東京圏の外れにいれば、東京の中心にだけ2時間以内に、つまり一時間以上かけて、やっと行けるのとは大違いです。三大都市圏に簡単に行ける、言い換えればアイデア交換や協同研究も容易に出来るという地の利があり、また人口も少ないですから都会の喧噪から簡単に逃れられる利点があります。逆に言えば三大都市圏からのアクセスが容易でもあるわけです。
どこかの大学がこのアイデア利用しないかな?
そしてこのような町は全国で創成できるでしょう。
いずれにせよ、高校を卒業して地元を離れるスタイルは、若者にとってごく自然なスタイルでしょう。親元を離れて自立を始める。そしてその経験を基にキャリアを始めて行く。これから若い人の流れを東京から地方に移していかなければなりません。東京のように狭い都市にではなく、広く自然と歴史に恵まれた地に大学をおくことは、新しい時代を切り拓くには、とても大切なことだと思われます。明治期日本近代の始まりとして東京にいくつもの大学が出来ました。近代を越える時代の先駆けとして、地方都市に世界に羽ばたく大学を置く。良いじゃないかと思うんですがね。

東京の魅力を取り入れた形で地方都市の整備を

以上のことがらは、それぞれの地域で考えることです。アフターコロナ、地域では間違いなくチャンスです。

まとめ

自然エネルギーに支えられる社会に移行するには、地域分散型が望まれるのですが、なかなかその方向へ進みませんでした。今回東京の脆弱性が認識され、その動きが加速するかも知れません。もしそうなら災い転じて福となす、の素晴らしい例となります。
20世紀型として進んだ都市東京を、地域の都市に分散して移行させることにより、21世紀が開く持続型社会の礎石として日本全国に広めましょう。地方都市のそれぞれが、職の確保・地域交通機関・そして高等教育機関を、それぞれの特性に合わせて整備する必要があります。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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