構造的に東京が感染の中心であることを見逃してはいけない

過去の統計データから考える

この記事では統計データのグラフを見ながら、議論を展開します。グラフが理解に不可欠ですが、目次にリンクが張ってあります。目次のfig.1~fig.3がグラフとなります。目次は上にありますから、お確かめ下さい。また右サイドバー最下部にも目次があります。

年末年始に向けて、感染拡大が懸念されます。一日本人として、年末年始は穏やかに平穏に過ぎて欲しいと、心から念じています。
一方でアフターコロナの課題を考えざるを得ません。私はアフターコロナでは、東京一極集中をしっかりと是正する必要があると考えています。コロナ感染のデータをごく大まかに見てみても、大都会で感染の脆弱性が明らかであるのが見えるはずです。東京、大阪、名古屋、札幌、福岡など大都市は、通常エッ!と驚く大人数の感染者を輩出しています。単に密な大都会であるからそうなるのです。
それでも東京は人口が多いから感染者数も多いのだという説も出そうな懸念もあります。いや皆が何となくそう思ってしまう懸念が大きいといったほうが良いでしょう。そこで過去のデータを詳しく示し、日本のコロナ感染のデータから、東京から感染拡大がいつも広がっていると考えたほうが良いエビデンスがあることを示しましょう。

エビデンスとは

ついでにエビデンスという言葉を菅さんなどがしきりに口にしますが、エビデンスと証明(プルーフ)の違いが分っているのか?
世界を相手にしなければならない科学者はエビデンスの意味を理解しなければいけません。
データを見てある仮説がかなり真実らしい場合に、エビデンスがあるという使い方をします。ある仮説が誰が見ても絶対的に正しいことを示すのがプルーフなら、エビデンスはその仮説が更に研究を続けるとプルーフによって証明される可能性があることを強く示された場合に使うのです。つまりその分野のデータを広範囲に知って、その中から本質的なデータを取り出し、この仮説が証明されそうだという場合に使う、高度にその専門を扱う科学者のセンスが問われるのがエビデンスです。
逆に言えば一部のデータを見ただけでその証拠がない場合、エビデンスがこのデータからは得られなかったとしか言えなくて、もしそのデータを大きく扱うと科学者としてのセンスがないこと、つまり無能な科学者と見なされることが多々あるのです。更に言えばエビデンスがないとは、相手が重視するデータを使って初めて相手を論駁する場合に使うのであって、単に簡単だからといって持ってくるデータを使ってエビデンスがないとは、論駁の方法を全く知らない科学者なり政治家であることを自ら公に示すことに他なりません。
データはそれこそ俯瞰的・総合的に見ていかなければならないですから、エビデンスは得られたデータを様々な側面から見て、これが正しいと言えそうだという場合にだけ使いましょう。総合的・俯瞰的な観点を重視する菅さんなら解って頂けるでしょう。
ここでは科学者の端くれとして、日本における感染拡大には、東京がいつも関わっているという強いエビデンスを示したいと思います。

4月からの統計データから得るエビデンス

少し詳しくデータを解析してみましょう。データは国や自治体から公表されているもの、それを元に高校一年くらいまでの数学を使って考えることは、専門家でなくても出来ることです。本来政府もマスコミも、この程度のデータ解析を行って、次の手を考えるべきなのですが、それすらも行わないのは、何の為に高校や大学に行ったのだと、非難されても仕方ないことと思うのですがね。
マスコミの報道から誰でも解るように、新規感染者数は日々変化しますが、それを長い目で見ると増減の傾向が緩やかに変わっていることが見えてきます。それを見て、日本は今第三波に襲われていると皆が考えています。それでは第一波の終焉、第二波の発端と終焉、第三波の発端の時期と、そのころ取られた対策との関係はどうなっているのか、ちょっと統計から考えて見ましょう。これまでの緊急事態宣言やgo to トラベルキャンペーンなど、実際に新規感染者数にどのような影響を与えてきたか、それを知らないでこれからの対応を考えるのは、誰が考えたって馬鹿げたことだと思うでしょう。その関連は感染症の専門家にひたすら任せるしかないと考えている人が多いでしょうが、簡単な統計は高校でも教えているのです。簡単な統計を試みてみようではないですか。

fig. 1 週増加率1ー東京

上の図は東京の新規感染者数のデータ(誰でも東京都のHPから得ることが出来る)からエクセルを使って作成したものです。データ処理の仕方を説明しましょう。

グラフの説明ーデータ処理の方法

まず都のHPから日々の新規感染者数を得ます。次に引き継ぐ一週間分の新規感染者数の平均を取り、それをその平均の最後の日の感染者数データとします。例えば3月26日~4月1日の都のデータを平均し、それを4月1日の感染者数とするのです。そしてそれをその一週間前、つまり3月25日の感染者数(もちろん7日平均を取った後の値です)で割った値を週増加率としてグラフを書いたものが、上の図の朱色の線になります。4月1日の週増加率は3.8程度です。言い換えれば3月の終盤には、一週間で平均して3.8倍程度、感染者数が増加していました。それが一ヶ月後の5月1日には、0.7程度まで下がっています。これは感染者数が5月の終盤には一週間に30%ほど減少し、前の週の70%程度になっていることを示します。第一波の山は4月終盤には越えているのですね。
図にはグラフを見やすいように、更に二種類の線が入っています。週増加率=1を表す青色の線は、増加と減少の境目をはっきり認識できるよう引いてあります。また灰色の線は奇数月が2、偶数月が0.5として書かれていますが、この数値には意味がなく、各月の区切りの位置をはっきりと認識できるよう引いてあります。
緊急事態宣言は二段階に分けて出されました。最初は7都府県に限って4月7日に、第二段階では全国を対象に4月16日に出されました。その効果をグラフから見てみましょう。

解析の結果

第一波のピーク越えは、緊急事態宣言とほぼ同時?

それではいつ緊急事態宣言の効果が現れて、第一波の山を越えたのでしょうか?山はグラフで1を切る場所と考えて良いでしょう。何と4月20日以前に週増加率は1を切っていると読み取れます。全国の緊急事態宣言は4月16日ですから、宣言とほぼ同時にピークになっていたことになります。
上の図は東京の値です。全国の値を見てみましょう。全国の日々の感染者数は厚労省のHPから読み取ることが出来ます。一週間分を平均し、また一週間前のデータで割った値を週増加率とする、このプロセスは全く同じプロセスになります

fig. 2 週増加率2ー全国

やはり4月20日以前に1を切っています。言い換えれば4月20日以前に第一波の山を越えているわけです。コロナ感染の結果は約二週間後に現れるというのは、専門家達が一致して断言することです。4月16日に全国で緊急事態宣言が出され、それが国民の行動を変えたとしても、たった4日で結果が出たとは考えられません。
明らかに国民は緊急事態宣言が出そうだという声にすでに怯え、行動をそれ以前から自粛していた効果が現れていると考えるべきでしょう。言い換えれば政府の対応は遅すぎて、間が抜けたものになっていると言うことです。ただ緊急事態宣言で、明らかに国民は自粛の程度を増しました。したがって週増加率はしばらくの間1以下に保たれ、感染者数は日に日に少なくなっていきました。素晴らしい国民性であると思いませんか?

もたもたした東京

ただ全国版と東京版を比べれば、細かい違いが見て取れます。全国版では週増加率は5月に入っても一貫して1以下を保ったのに対し、東京版は一度5月初旬に1に達するなど、最初はもたもたします。4月7日から東京は非常事態宣言下にあった訳ですから、東京で良い結果が出るには、かなりの時間がかかるということになります
これはその当時のことを思い出せばよく分ると思います。非常事態宣言解除の頃、東京は一度も感染者を出さない日はありませんでした。一方それ以外の都市では、新しい感染者は出ない日もありました。小都会ほどそのような日は多かったはずです。
緊急事態宣言は、このように発出が遅れた気が抜けたものになりました。しかし全国に発出された後4~5日で、平均してのピークに達したのですから、国民の目には効果がいち早く見えすぎたことも否めません。平均でピークを越えた(ここでのデータは、一週間の平均を元にしている)と言っても、日々のデータを見えれば凸凹していますから、最初は何となく増え方が弱まっているかも?位から、徐々に減り始めたように見えるかも、と移っていき、明らかに減ってきていると変わっていくまで2~3週間はかかるでしょう。その間、日本特有の自粛警察とか、嫌がらせとか様々あって、人々はどんどん自粛し、また萎縮し、そのためもあって東京では5月10日から二週間ほど、週増加率が0.5以下になる日々が続きました。これってすごい減少率ですよ。

36県の解除で、東京の気が緩んだ

この状況下で緊急事態宣言が解除されました。この解除の時期は正しかったのか、検討されねばなりませんが、誰もそれをやっていません。ここでは誰でも簡単に見れるオープンにされたデータを使ってデータ解析を試みていますが、誰もやっていない検証をやってみましょう。
緊急事態宣言の解除は2段階に分けて行われました。第一段階の解除は5月14日、感染が重大な大都市を除いた36県で解除されました。そして第二段階は全国一斉に5月26日の解除となりました。ただ細かく言えば、大阪や東京は独自の解除をとり、独自の三ステップで解除するという方法が採られました。
何らかの制限が解除されると、それまで減少していた感染者数が増大に移ることは当然考えられます。そこでデータから週増加率が減少から増加へと移る有様を調べて見ましょう。
最初の二つの図から、全国でも東京でも5月の終わりには増加に転じていることが解ります。それも東京のほうが早く、5月25日頃にはすでに増加に転じています。東京の緊急事態宣言が解除されたのは5月26日ですから、解除とほぼ同時に増加に転じていたわけです。東京都民は36県の宣言が解除するやいなや、皆浮き足だって自粛を緩めたことが解ります。それが25日ころの東京増加に繋がっているのです。東京都民はこのことを認識しなければなりませんし、都知事はデータを一番良く知っているはずですから、率先してそれを認識し、都民に警告を与え、また全国民に謝罪しなければなりません。何故ならこの時期に東京できっちりと感染を押さえることが出来なかったから、ずるずると第二波を迎え、そして今深刻な第三波でもたもたする遠因を作ったのですから。

新規感染者数における東京の割合

fig. 3 新規感染者数における東京の割合


別の切り口でデータを解析すれば、5月下旬のデータが非常に興味ある振る舞いを示すことが解ります。上の図を見て下さい。朱色の線は全国の感染者数(上記定義による・すなわち過去七日間の新規感染者数の平均)に対して、東京の感染者数がどれほどの割合を占めるかを示したものです。この図でも月をはっきり区別できるよう、偶数月は10を奇数月は50を取るよう、青線で結んだものを示してあります。
全国緊急事態宣言が出されたころ、すでに見たように国民は自粛をすでに開始しており、その結果四月半ば頃には、全国でも東京でもピークを越え、減少へと転じていましたが、同じような減少の仕方で、東京は全国の3割程度を保ちながら減少していました。そして全国のどちらかと言えば疎な県では、感染者数0が続くようになり、そのため東京は比較すれば5割まで跳ね上がりましたが、一方週増加率は全国平均よりも低く0.3となったりしていましたから、感染者の割合は全国の10%を占めるに過ぎないような時期も一瞬ありました。
しかし緊急事態宣言が36県で解除されたときに、ガマンできずに気が緩み、感染者は全国に先駆けて増加に転じたことはすでに見たとおりですが、第三図で見るとそれが東京の比率で見事に示されています。10%程度から急速に全国の6割を占めるところまで増加していくのです。そしてその状態が6月上旬から7月半ばまで続くのです。
この時期は第一図と第二図で解るように、東京でも全国でも第二波の時期と重なります。大都会を除いた緊急事態宣言の解除の際に、東京都民がガマンしきれずに気を緩めたから、東京で感染者数が5月下旬に増え始め、それに引きずられる形で、全国の感染者数が増加していきました。東京が感染源であることへのエビデンスは、充分あると思いますが如何でしょう。
東京では5月下旬に増加に転じていました。それを知ってか知らずか、6月になって都知事は東京アラートを出しては引っ込め、引っ込めたとたんに都知事選に立候補するという、茶番劇としか言い様がない、自分勝手なパフォーマンスをやったにもかかわらず、都民は圧倒的な差で、このピエロ女帝を選んでしまいました。東京都民の民度の低さを後になって笑われないことを祈念します。

緊急事態宣言の効果は、上述のようにきわめてはっきりしています。第一波のピークを抑え(例えそれが宣言自体のせいではなく、もっと早く現れていたとしても、宣言の可能性の報道から国民が宣言よりも早く自粛を初めていたからであり、広い意味での宣言の効果でしょう)、かなりの速さで感染を抑えました。しかし終盤に急ぎすぎ、都と国の対応のあきれるほどの失敗作で、第二波を招いてしまいました。ここで東京都がもっと理知的に、また決然として後数週間正しい政策を出し、大阪や札幌などそれに継ぐ都会もそれに準ずる行動をしていたら、第一波で完全な押さえ込みも可能であったでしょうし、今頃go to トラベルキャンペーンも、ほとんど無理なく行われていたでしょう。5月下旬から6月半ばまでのデータは、緊急事態宣言解除における失敗を見事に物語ります。只でさえ密な東京です。東京をそして密な大都会を、特に気をつけてガマンさせたら、第一波の終焉の仕方が全く誤ったものであっただろうことを示しています。台湾も中国も(中国に対しては疑う人もあるでしょうが、台湾は疑えないでしょう)押さえ込みに成功しているのです。日本だって出来たはずです。民度が高いのですから。

go to トラベルキャンペーンは?

go to トラベルキャンペーンは、東京を除いた全国で7月22日に、東京を含めて10月1日に始まりました。しかしこれによって期待される感染増加は、緊急事態宣言による感染減少ほど、誰の目にも明らかではないから、これを巡って意見がまとまらず、年末年始に向けて、急に菅さんの方針が変わるなど、迷走の度が高まっています。
しかしこれについても東京(含む大阪など大都会)と、全国で分けて考えないといけません。これを見ても東京が、構造的に悪役であることが、データを吟味することで判明します。
7月22日の2週間後8月上旬は、偶然にも第二波のピークアウトに重なる時期でした。東京及び全国の週増加率の推移は、ちょうど7月上旬から東京で、それに少し遅れて7月中旬から全国で、週増加率が減少に転じたことを示します。これは主として気候のせいでしょう。猛暑を避けて人々が移動しなくなったのが大きいのだと思います。何故ならこの時期に減少に転じさせる対策は、政府によっても自治体によっても、一切なされていないのですから。
東京でも全国でも8月の初旬に週増加率の小さなピークが見えます。つまり増加の割合が増えました。これが東京を除くgo to トラベルの効果でしょう。こうみますとエビデンスはないというより、エビデンスはありそうだといったほうが正確でしょう。面白いのは東京除外でも、東京に影響が全くないとは言い切れないと言うことです。
確か東京の対策で、東京都民が都内のホテルに泊まるのに、都から援助が出ていたのじゃないかな? 小賢しい対策はしっかり解析すれば馬脚をあらわすのです。
面白い変化は、第三図ー感染者の中の東京の比率に出ています。それまで東京の比率が大きく減少していたのが、その減少が止まってしまいます。
10月1日に東京発着のgo toキャンペーンが開始されました。この影響を一番見やすいのが第三図です。それまで約3割を保っていた東京の割合が10月半ばで急に減少し、11月には2割になってしまいました。東京の割合が減少したのは、東京の感染が減少したのではなく、東京以外の感染拡大が大きくなったからです。東京以外の感染拡大は、東京を含めたgo to キャンペーンが引き起こしました。そして10月には東京でも全国でも週増加率は1前後で波を打っていたのが、11月には1を越えました。第三波です。第二波から第三波の移行は緩やかでしたが、10月1日の東京も含めたgo to キャンペーンに大きな理由がありそうです。東京都民がgo to トラベルキャンペーンで、全国に感染を広めた結果、日本は今第三波に襲われているのです。

まとめ

これまでのデータを分析した結果、感染拡大の契機は、常に東京にあることが読み取れます。東京は単に密であることで感染が拡大しやすく、東京からまたは東京への人の動きが感染を全国に広げるのです。アフターコロナでは、脱東京を果たしましょう。それが日本の為なのです。

愛国者なら脱東京を目指せ!!

えねるぎぃっ亭南駄老でした。


おすすめの記事