東京の感染危険度は地方都市の約10倍?

上の画像は鴨川から比叡山を望む現在の画像です。河原には人がいますが過密になることなく、天気が良ければこのような場所を自転車で散歩するのが私の健康法です。地方都市が見直されるべきコロナ禍です。この記事ではそのためのデータを与えます。アフターコロナの世界を考えてお読み下さい。ここで分析する為の日々の感染者数のデータはすべて公表されたもので、全国の値は厚労省の、また都府県の値はそれぞれの自治体のHPから取ってきたものです。
現在第二次の緊急事態宣言が、大都市圏を中心にして発令されています。日本では長い間東京一極集中が進み、人口もですが、情報発信も東京中心に行われています。このブログでは、コロナ後には日本は地方分散型社会に移行すべきであると主張しています。地方都市の目線で見てみると感染の危機はどのように移るのでしょうか。東京目線を止めて、地方都市目線で考えて見ましょう。

全国の新規感染者数の推移

第一波から第三波まで通してみる

改めて4月1日から現在までの新規感染者数を通してみてみましょう。第一回の緊急事態宣言は、4月7日から段階的に全国に発せられました。
下の図は全国の新規感染者数を表します。青線は生データで、報道で見るように生データには、日々凸凹が現れます。それをその日までの一週間のデータを平均したものを、赤線で表してあります。例えば4月1日の平均データは、3月26日からその日までの平均値です。こうすることによって凸凹がならされます。

全国の新規感染者数の推移 縦軸は人数

この平均化されたデータを使って週増加率という量を導入します。週増加率は、その日の感染者数(平均化後の)を前の週の同じ曜日の感染者数(もちろん平均した後)で割った値を言います。週増加率の推移を表したのが下の図となります。

週増加率の推移

比較のために週増加率(東京)をみる
赤線が週増加率の推移を表します。週増加率が1のとき、感染は拡大も縮小もしていない状態です。1以上の値が続く時は感染拡大期、逆に1以下が続けば感染縮小期に入ったことを示します。
横軸は日付を表します。細かい日を見るために、灰色の線が入っており、偶数月は0.5奇数月は2の値を取る関数として図に示してあります。これを利用して、月の変わり目を図から読み取って下さい。
4月初めはもちろん感染拡大期でした。しかし緊急事態宣言を受け、4月半ば過ぎにはピーク越えをし、感染が縮小に転じたことが解ります。第一回の緊急事態宣言は、素晴らしく効果的だったわけです。全国に緊急事態宣言が出された4月16日には、実は全国で見て感染のピークはほぼ最高に達しようとしていたわけです。4月半ばにピークをむかえているということは、縮小に向かわせる国民の行動が、すでに3月終わりには始まっていたことを意味します。そして緊急事態宣言で国民は強く警戒したので、縮小の効果が長く続き第一波の収束に向かったことが、更に進んで5月の週増加率の推移を辿れば解ります。
第一次の緊急事態宣言は39県について5月14日に、関西地方すべての府県で同21日に、そして全国で25日に解除されました。

第二波はいつ、そしてどこで始まったのか?

5月25日に全国で解除されるとき、もちろん皆ほっとしました。私もすごくうれしかったことを思い出します。そのころデータを日々同時進行的に追うのが日課でしたから。しばらく平穏な日々が続きました。
しかし改めてデータを見ると5月終わりには再び感染拡大が始まる予兆が見えていたことが解ります。全国で見て週増加率が急増し、再び1より大きくなり始めるのが5月の終わりで、6月の初めには週増加率は1.5に達し、その後そのまま第二波に続いていく様が見て取れます。5月の終わりに効果がでるのは5月半ば頃の振る舞いであることは、今では日本の常識になっています。つまり5月半ばに何か原因があるわけです。それって39県の緊急事態宣言解除が原因? それなら地方でまず感染拡大が始まったのでしょうか?
地方で一つ一つ見ていくのは大変ですから、東京ではどうだったのかをまず見てみましょう。東京での週増加率を、まずご覧下さい。

東京の週増加率の推移

比較のために週増加率(全国)を見る
全国と東京の週増加率のグラフを比べて見ることによって、週増加率が1を越えたのは実は東京のほうがわずかながら早かったこと、および6月1日の週増加率は全国では1.5なのに東京では2であり、6月初旬の週増加率急増は、東京で顕著であったことが解ります。5月14日の39県緊急事態宣言解除では、日本中が一息つきましたが、宣言を解除されていないはずの東京では、全国で見られる以上の緩みがどこかにあったことを表しています。時期から見て、東京都知事のパフォーマンス東京アラートは、道化芝居に過ぎないことはすでに指摘したとおりです。

第二波のピークと第三波の始まり

第一波のピークアウトと第二波の始まりは、上述のように週増加率の全国版と東京版に非常に鮮やかに現れています。それでは第二波のピークアウトと第三波の始まりはどうでしょうか?
それについてはあまり劇的な兆候は見られません。しかし新規感染者数で見ると第二波と第三波が見えます。どちらも第一波よりは緩やかですが、長い期間緩やかな増加が続くので結果的に一日の感染者数が第一波に比べても大きなものになっていることが、新規感染者数のグラフから読み取れます。
新規感染者数のグラフを見る。
全国の週増加率を見る。
東京の週増加率を見る。
以上3つのグラフから、第二波のピークアウトは8月10日前後、第三波は10月初めから予兆はあるが、顕著になったのは11月始め頃であったことが解ります。感染増加とgo to トラベルキャンペーンの関連は、東京在住の政治家や同じく東京在住のマスコミ出演者によって常に強調されますが、それほど簡単な問題ではなさそうです。何故ならgo to トラベルキャンペーンは7月22日に東京を除いて始まりました。その影響が現れると考えられる8月10日頃、第二波がピークアウトし、緩やかですが減少に転じるのです。キャンペーンが悪影響を与えるなら、増加に転じるはずですが減少に転じています。一方東京を含めたキャンペーンは、10月1日に始まりました。第三波は11月には顕著になりますが、東京を含めたキャンペーンは、確かに多少の影響があると考えられます。東京しか見ない人はキャンペーンの悪影響しか見えないことになりますが、地方の目にはどう映っているかは、東京目線では解らないことになります。
コロナの中ですべての議論に東京目線を感じますが、東京の人が悪いと考えるのではなく、構造上そうなっていると考えるのが、未来志向と言えるのではないでしょうか? そういう観点から、更にデータを調べ、事態を正しく判断する試みを行ってみましょう。

人口比と感染者比

これまで週増加率はこのブログでしばしば取り上げてきました。ここでは別の見方でデータを見てみましょう。
東京で感染者数が多いのは皆さんニュースで知っているでしょう。これをどう解釈するかは、マスコミでもあまり考えていないようです。ひょっとして人口が単に多いから、人口に比例して感染者数が多いのかも。そのように考える人も多いのではないでしょうか? そこで東京、京都、和歌山の新規感染者数が、全国での新規感染者数に対する割合を調べ、単なる人口比と比べてどのような特徴を持つのかを調べて見ましょう。

東京

総論

全国の新規感染者数に対して、東京都での新規感染者数が占める割合を上の図で示しました。感染者数は過去一週間で平均されています。縦軸はその割合を%で示します。昨年四月から一貫して、東京での感染者数は20%弱から多いときには70%ほどであることが解ります。
一方東京都の人口は約1400万人であり、全国では一億二千六百万人くらいですから、人口比は約11.1%です。図に人口の比率を偶数月の関数値として青色で示します。またその2.5倍の値を奇数月の関数値としています。
ご覧のように人口に比べても東京都の感染者数は多いと言わざるを得ず、上の図から平均して人口比の二・五倍から三倍ほどの感染者が出ていることになります。また6月初めから始まった第二波の初期には、東京の比率が特に大きくなり、結局第二波は東京を感染源として広がったのだと見て取れます。仮に東京がなければ、第二波はもっと緩やかになっていたでしょう。日本の東京一極集中構造が、第二波の大きな原因の一つを作っていたことになります。
東京比率を見る
東京週増加率を見る
全国週増加率を見る
また6月初めから8月終わりまで、東京の比率は大きいままで推移しますが、その間東京での週増加比は大きいまま、そして東京の比率が下がるにつれ東京の週増加比も1に近づき、それを追うように全国の週増加比が減っていくのが解ります。第二波の原動力は東京だったことがよく分るデータです。この間東京のgo to キャンペーンが始まりませんでした。それを都知事は不公平などと言っており、それをとがめる声すら出ませんでした。しかしそのころ東京は明らかに第二波を牽引するという不名誉な役割を担っていたのです。不公平どころの騒ぎではないはずです。

go to トラベルキャンペーンの影響

go to トラベルは、東京を除いては7月22日に始まりました。その影響は8月10日頃現れるはずですが、それは感染者を増す方向で働くはずです。実際のデータをみると、8月10日頃には週増加比が、全国でも東京でも1より下がっています。ちょうど季節的にも感染者が増えない時期と重なって、タイミングとしては第二波のピークと重なってしまったようです。東京を除いたgo to キャンペーンは、感染を予防しながら経済を廻すという目的をある程度果たしていたと考えられます。

京都

総論

京都の新規感染者数が全国の新規感染者数に占める割合を%で表したものを上の図で示します。東京の場合と同じように、人口比を偶数月の関数値として青線で示します。奇数月の関数値は、東京と同様その2.5倍としています。東京では新規感染者数の割合は、人口比の2.5倍以上を、ほとんど常に占めていましたが、京都では人口比の2.5倍以上になることはほとんどなく、平均して人口比と同じ程度であったことを、図は示しています。また5月下旬から6月上旬には、新規感染者数が0となった日が続いていたことが解ります。何故ならここでの新規感染者数は一週間の平均で求めていますから、これが一日でもゼロになるためには、一週間連続してゼロでなくてはいけないのです。図を見て平均化の後のゼロの日が一週間ほど続いていますが、これはこの区間の前後一週間ずつ、ゼロの日が続いたことを意味する訳です。つまりゼロの日が3週間続いていたわけですが、これは実質上ウィルスが京都から駆逐されていた状態があったことを示唆します。第一波の終わりには、全国の地方都市でこのような状態になりました。一方東京では、新規感染者がゼロになった日は一日たりともなく、言い換えればウィルスが駆逐されることなく、そこから一回目の緊急事態宣言解除後に、全国に一斉にウィルスが散らばっていき、第二波へと続いたことになります。このような状況下で、東京アラートなどでお祭り気分を煽り、それを解除後知事選に突入させ、それに騙された東京の人が、そのパフォーマンスのピエロを圧倒的に支持したこと、ひょっとして日本の民主主義の汚点と言えるのではないでしょうか? そういえばアメリカファーストをまねて、都民ファーストと言ったのもこの人じゃなかったでしょうか? 

go to トラベルその他

東京以外でgo to トラベルキャンペーンが7月24日に始まりました。その影響があるとしたら8月上旬に出てくるでしょうが、全国の新規感染者数にも、また東京の感染者数比率にも、特に顕著な影響は見られなかったことはすでに論じました。京都の比率にも特に顕著ではないと総合的に見れば結論されます。
なるほど京都の比率を見れば7月から8月にかけて一旦下がり始めた値が、8月10日頃上昇に転じます。言い換えれば日本全体の感染者数の中で、京都の感染者が占める割合が増えました。
しかしちょうどこの時期、全国の週増加率は急速に1.7程度から0.8程度に下がっています。全国でかなり急速に感染者数が減ったのに京都ではあまり変化がなかったと考えるほうが理にかなっています。
ただ旅行者数が多く、密の状態を旅行者が作り出せば、その結果確かに感染者数増加に繋がることも、京都の感染者数データは示しています。
以前このブログにも書きましたが、11月下旬の3連休では、京都での旅行者は非常に増えました。ちょうど紅葉の時期でもあり、またそれまで京都の感染者数は、大阪兵庫と比べてかなり少なめであることを全国民が知っていました。そこで全国にも放映されましたが、嵐山などの有名観光地は、人の波の密状態になりました。
その結果が京都の感染者比率に表れています。12月10日ころ、感染者比率は急増し3%に達し、その後も高止まりとなって、現在まで続いています。

和歌山

総論

京都は中規模都市です。日本には多くの地方都市があります。地方都市の統計から何が解るでしょうか?
関西圏の地方都市の一つに和歌山県があります。和歌山県の知事は、パフォーマンスに頼る事なく、自県の特徴を良く捉えながら、第一波の急増をうまく乗り切ったとして、全国にも注目されている人です。第一波だけではなく、その後の感染者数で何が解るでしょうか?
和歌山県の新規感染者が、全国に占める割合を示した図を上に載せました。人口比では0.7%ほどですが、感染者数比率では、ほぼ一貫してそれを下回ります。東京京都の場合と違って感染者数比率を青で、人口比を赤で示します。赤線の関数値は、偶数月で人口比、奇数月ではこれまでと逆に2.5分の一に縮小しています。グラフから大まかに言って、和歌山の感染者数は人口比の三分の一程度であることが解ります。東京では逆に人口比の三倍くらいでしたから、和歌山での感染の危険性は、東京での危険性の約九分の一であると考えることが出来ます。これは知事さんや県民の皆さんの努力も大きいでしょうが、もともと密ではない都市構造に拠るところも大きいと考えられます。
第一波後の感染者数ゼロは和歌山県においてもっと顕著に表れています。そのころのデータを見れば解りますが、日本全国大都市圏を除いて、第一波収束後では3週間以上の感染者ゼロ状態が続き、実質ウィルスを完全にない状態を作りだしていました。このことをしっかりと理解せず、東京目線でしか歴史的なこの危機の対策を考えることが出来ないなら、日本の21世紀は大変暗いものになるでしょう。逆に地方目線をしっかり取り入れ、コロナ禍での経済政策と、アフターコロナの地域計画を、しっかりと地方の人々が考え、この歴史的な危機を乗り切ることが出来れば、新しい時代に向かって日本の存在は、とても大きなものになるでしょう。

まとめ

東京比率(新規感染者%)を見る
京都比率(新規感染者%)を見る
和歌山比率(新規感染者%)を見る
第一次緊急事態宣言が発出された昨年四月から現在までの、東京・京都・和歌山の新規感染者数を元に、データに基づいた感染者数の分析を行いました。通して言えることは、東京では京都や和歌山よりも、感染者数の割合が高く、都市自体が密であるために、感染の危険性はきわめて高いことが解ります。また第二波以降は、感染者数増加は東京が牽引しているという結果を読み取ることが出来ます。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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