炭素再利用?ー覆水盆に返らず-格言も知らぬ無知

短命なものー菅政権と化石燃料社会

菅政権は短命に終わる。これが徐々に明らかになっています。国会答弁の内容の無さ。無残きわまりない姿です。
唯一期待していたのが、2050年までのCO2排出ゼロ政策です。
CO2排出ゼロは、化石燃料使用ゼロを意味します。現代の世界は、あるいは日本は、化石燃料にどっぷりとつかった社会です。しかしそれは永続しない社会です。何故なら化石燃料は有限ですから。化石燃料を大量に消費するマシンは22世紀には過去の物になっているでしょう。
化石燃料を使わないで済む社会を。それが当会の主張です。現代社会は化石燃料を使わなくてはならない社会です。化石燃料に拠らなければ成り立たない組織で溢れかえっています。このような社会をそのまま続ければ、日本は真っ先に暗黒社会になってしまうでしょう。明治維新以来、そして先の大戦の敗戦以来、日本は世界に類を見ないほど化石燃料社会へと、社会を変貌させてきました。そしてそれが進歩であると考えられています。とんでもない話です。化石燃料が希少価値になり、高価になったとき(将来間違いなくそうなりますが)、一番困る国が日本なのです
化石燃料に頼った社会に住みながら、企業や政府の心ある人達は、化石燃料に頼る時代が持続しないことを知っています。理由は簡単です。化石燃料が有限であるからです。
ただその企業が、また日本という国が、化石燃料に芯から頼り切っていることも良く知っています。自らの存在基盤を守りながら、化石燃料脱却社会へと進むには、最新の注意を払いながら次の時代へ向けての脱皮が求められます。だからこれらの人々は表向き「化石燃料はまだある。大丈夫だ。」と言い続けてきました。しかし一方では「何とかしないといけない」と思い続けてきました。それが本音です。
本音では何とかしなければと思う人が、ほとんどであることを菅さんは実感したのでしょう。だから「化石燃料脱却社会を」すなわち「CO2排出ゼロ社会を」というのを政治的方針として打ち出したのでしょう。それは非常に高く評価できます。

炭素再利用という発想のばからしさ

しかしです。その柱の一つとして「炭素再利用」を打ち出すのは、世界の笑いものになるだけであることを理解しないとはなんと言うことでしょう。
「覆水盆に返らず」は古来からある格言の一つです。容器から水をこぼしたら、その水を容器に戻すことはほぼ不可能です。無理に戻そうとしても笑われるだけです。
It's no use crying over spilt milk.
こぼしたミルクを嘆いても仕方がない。これはもちろん英語の格言で、覆水盆に返らずと同じ意味だと、高校で教わりました。洋の東西を問わず、容器からこぼすというごく当たり前の現象を取り上げ、元に戻すことの難しさ(不可能さ)を言っているのです。
こぼれた液体と同じく、燃して出来たCO2を元に戻すのは、それと同様な難しさがあります。「炭素再利用」は「覆水を盆に返す」と言っているのです。洋の東西を問わず、高校程度の教育を受けた人なら、「何という無知なこと」と鼻で笑ってしまうでしょう。日本の皆さん、こんな政府を見逃すのですか?

覆水盆に返らずの科学的表現ーエネルギー保存則とエントロピー増大則

こう思われる人もいるでしょう。不可能だと思われることを成し遂げることが科学技術の進歩ではないかと。
こういう考えの人は、ほとんどが科学音痴の人ですね。ちゃんとした科学者なら、「CO2を再利用する」という発想を直ちに捨てるでしょう。
それを説明したいと思います。CO2再利用とはどういうことか、まずはっきりさせないといけません。「CO2再利用」は、丁寧にかつ簡潔に、論理的な日本語に直せば燃料を燃して発生したCO2を再び燃料に戻すことになります。なるほど科学的には可能かも知れません。「水素を酸化させて出来た水を、電気分解して水素と酸素に戻す」ことが出来るわけですから。これは言い換えれば、水素を燃して発生したH2Oを再び水素に戻すと言ってもいいでしょう。
そこで今回菅政権が三本の柱のもう一本として出した「水素」が出てきます。水素とは何なのでしょうか? 水素をエネルギーとしてみたら、どのような意味があるのでしょうか?
水素がエネルギーとして期待されるのは、空中の酸素と化学反応させ、電気エネルギーを取り出すことです。その時水が出来ます。つまり水素は燃料です。水素が燃料電池と言われる訳もここからきます。
それでは水素はどのようにして生成されるのか? 簡単です。水の電気分解で生成します。電気分解は電気エネルギーを投入して、化学反応を起こさせる方法です。
この二つの化学反応をもう一度見てみましょう。①水素と酸素から水を作るとき電気エネルギーが得られた。②電気エネルギーを与えて水から水素と酸素を生成した。①と②は見事に逆反応になっていることを、①と②の黄色アンダーラインそして太斜体でご確認下さい。太斜体で解るように①では電気エネルギーが得られ、②では電気エネルギーが必要であったわけです。エネルギー保存則は、①で発生する電気エネルギーと②で消費される電気エネルギーは完全に等量であると教えてくれます。要は水素はあくまで電気を蓄える電池なのです
さて燃料を燃して出来るCO2を、再び燃料に戻すに戻りましょう。ここでも第一の句ではエネルギーが発生します。そして第二の句ではエネルギーを与えなければなりません。そしてエネルギー保存則が言うのは、発生するエネルギーは与えたエネルギーに等しいことです。要はこのプロセスが出来たとしても、単なる電池を作るに過ぎないことです。そして水素の場合は高校(あるいは中学)で習うような簡単なプロセスであるのに対し、炭素から作る燃料は、恐ろしく複雑な化学反応であることで、実際の実用化には大変な労力とそれこそエネルギーが必要であることです。
そしてその結果水素と同じかそれ以下の効果しか得られないのです。複雑なものを作り上げることは、エントロピーを減少させることですが、通常の過程ではエントロピーは増大します。エントロピーを減少させるには、つまり複雑な構成物を作るには、エネルギー保存則が要求するエネルギー以上のエネルギーが必要となります。つまり水素を作るより大きなエネルギーを投入しなければなりません。
これが「覆水盆に返らず」の科学的説明です。覆水はエントロピーが大きな状態、盆に入った水はエントロピーが小さな状態です。エントロピーが大きな覆水は、エントロピーが小さな盆(容器)に入った水の状態には移行しないのです。同じように燃料を燃して出来たCO2はエントロピーが大きな状態にあり、炭素を含んだ燃料という構成物はエントロピーが小さな状態にあるのです。幼稚園児でも解る「こぼしたミルクを元に戻すことは出来ない(出来るとしてもばからしいほどエネルギーを使わないといけない)」と「燃して出来るCO2を再び燃料にすることは出来ない(出来るとしてもばからしいほどエネルギーを使わないといけない)」とは、同じ科学原理を使って解釈できるFACTなのです。科学は特に物理学は、全く見た目は違う現象でも、同じ原理あるいは法則で説明が出来ることが最大の魅力で、物理学を理解すると、新しい技術を開発する原動力にもなりますが、無駄な試みをしないための、「効率よい」思考をするための強力な道具となるのです。無駄を嫌っているように見える菅政権が、幼稚園児でも解るような無駄を国家の大方針としているわけです。その無駄は国家に致命的なダメージを与えます。
これはきちんとエネルギーを理解した科学者技術者なら、当然解ることです。きちんとした科学を無視した幻想を方針とする日本技術界は、もうおしまいだよと、世界に宣言しているようなものです。
役に立つ学者を求めて、学術会議人事にも介入しながら、役に立つ学者は政府の周りには一人もいなかったというお粗末さです。菅政権が長期に続くはずがないこと、自明ではないですか。

科学的に正しく、CO2排出ゼロ政策を

菅さんは法政大学を出たそうですが、よっぽど成績が悪い学生だったのでしょう。良く卒業が出来たなぁ。
私は菅さんを教えてはいませんが、長年法政大学に勤務していました。法政大学は文系学部生といえども、基礎的な科学的思考を教育する方針を、長年とってきました。私はその教育に従事していたのですから、それを確信を持って言えます。
CO2排出ゼロを正しく打ち出しながら、炭素再利用など言い出すとは、やはりどうしようもない学生だったのだと、思わざるを得ません。炭素再利用など山師が考えそうなことで、それに貴重な税金を費やすなど、まともな人間が考えることではありません。
炭素再利用などという言葉は、政治家が考えるはずもありませんから、取り巻きの山師がどこかから山師仲間に聞いてきたのでしょう。政府の取り巻きの似非学者達の質の悪さを象徴しているようですね。
与党でも野党でも良い。誰でも良いからきちんとした科学的思考でCO2排出ゼロ政策を打ち出してくれ・・・!!!

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

おすすめの記事