花萌えぬ 原発炭素 乗り越えて

近くの疏水の桜が開花し始めました。上の写真をご覧下さい。後ろに見えるのは、リーボンというフレンチレストランです。ボン(良い)な料理を、リーズナブルな値段でという意味でつけた名前だそうです。時々お邪魔してます。
コロナ禍でも桜は咲きます。西脇知事が桜の時期の観光は控えて欲しいと要請しました。去年の紅葉の時期に、観光客が押し寄せ、その結果比較的少なかった京都にも、多くの感染者が出始めましたから。
このブログで皆様に京都から桜便りをお届けします。

脱炭素+脱原発=自然エネルギー

役に立たない原発

菅さんが首相になって、脱炭素を打ち出しました。うがった見方をすれば、ひょっとして福島から10年経って、原発再推進の機運を盛り上げようという思惑もあるのかも。またそれを心配する反原発の人達もいるようですね。
ここでは様々な統計を駆使して、簡潔にエネルギー問題解決の基本戦略を考えて行きます。
まず原発は事故前から大して役に立たっていなかったことを見ておきます。事故前の二十一世紀の初めの十年間、日本でのエネルギー消費(最終エネルギー消費)のうち、わずか7%が原発が供給する電気でした。仮に脱炭素を原発に頼ろうとすれば、事故前の原発の15倍ほどの原発を改めて稼働させなければなりません。このように原発は思ったほどエネルギー消費に貢献はしていないのです。ちなみに世界で見ると、原発の貢献はわずか2%です。脱炭素で原発など無視無視。

脱炭素とは、自然エネルギーでエネルギーをまかなうこと

原発では日本の脱炭素は出来ない。まして況んや世界の脱炭素は出来ません。脱炭素は世界的課題であるにかかわらず、これでは世界をリードするなんて虚言もほどほどにしろとなるでしょう。でもそうすれば脱炭素は何を意味するのか?
甘えた幻想で脱炭素を語るのは止めましょう。原発を持ってしても脱炭素は出来ないのです。子供じみたイノベーション幻想は捨てましょう。未知の次世代エネルギーなどないのです。
脱炭素とは自然エネルギーでエネルギー消費をまかなうことであるとしっかりと認識しましょう。
脱炭素+脱原発=自然エネルギー
なのですが、原発はもともと役に立っていなかったことを考えれば
脱炭素=自然エネルギー
といっても良いでしょう。脱炭素社会は自然エネルギー社会を意味します。

自然エネルギーと化石燃料

原発で脱炭素が出来ないなら、自然エネルギーで脱炭素など、出来るわけは無いじゃないか。こう冷笑する人も多くいると思います。そこで自然エネルギーの可能性を考えて見ましょう。
まず地上で我々人類が、どれだけのエネルギーを化石燃料消費で使っているかを見てみます。計算法は前の記事に載せました。答えは2018年の統計結果から、156億キロジュールのエネルギーを、毎秒消費している計算になります。言い換えれば全人類の現在の化石燃料消費をパワーで表せば156億kWです。
一方自然エネルギーの大元、地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、同じ単位で175兆kWになります。我々人類が化石燃料消費で使っているエネルギーの一万倍以上のエネルギーを、太陽は常に地球に届けてくれているのです。一秒に156億kJに対して175兆kJです。
一万倍も大きな自然エネルギー、そして悠久な自然エネルギー、太陽エネルギーの下で永続社会を築くこと、それが未来に待っているのです。産業革命以上に大きな変革が、未来に待ち受けているのです。太陽の下で、太陽の恩恵を受けながら生きる社会ー何かしら日本伝統文化が支える社会である気がしませんか? 日本人として。

作る、動く、働く、住む、材料

産業革命以来、人類はイケイケドンドンで、化石燃料をガンガン使って、それまでに無かったものを生み出し、社会を変えてきました。エネルギーの無駄遣いも顧みず。当然現在のエネルギー消費には、持続社会ではあり得ない、大きなエネルギーの無駄遣いがあるでしょう。無駄遣いを改めるためには、どこでどれだけのエネルギーが消費されているかを知る必要があります。
前の記事で詳しく述べたことをまとめてみましょう。我々日本人は次の五つのことにエネルギーを大きく消費しています。エネルギー消費の割合を比べて、順番に並べてみましょう。
第一位 造る 29%  工場でのエネルギー消費
第二位 動く 25%  人と物の移動の為のエネルギー消費
第三位 働く 17%  第三次産業でのエネルギー消費
第四位 住む 15%  家庭でのエネルギー消費
第五位 材料 12%  化繊やプラスティックなどの素材に
以上足し合わせると98%になります。
第一位はいわゆる第二次産業です。産業革命はこの産業を大きくし、化石燃料投入はまずこの分野にでした。第二位は運輸です。石炭は蒸気機関車を産み、石油は自動車ー飛行機を生み出しました。産業革命以来最も便利になったのは、あるいはこの部門かも知れません。第三位は第三次産業、主として商業です。今や大都会では、ほとんどの人が第三次産業に従事しています。それらの人の働き場所で消費するエネルギーです。これは家庭での消費より多いわけです(実は第三次産業でのエネルギー消費が家庭でのエネルギー消費よりも多いのは、恐らく日本だけなのですが)。
第四位は家庭です。貴方の家庭でも電気、ガス、あるいは暖房用に灯油など使っているでしょう。生活必需品ですね。そして第五位は石油化学などを使って様々な素材が主として石油から作られています。化石燃料の非エネルギー利用と分類されます。
以上見てきて何か気づいたことは無いでしょうか? そう第一次産業ーつまり食料生産ーのエネルギーが入っていません。これを除いて98%ですから、第一次産業での消費エネルギーは2%程度なのです。無視できるほど小さいのです。これを莫大な太陽エネルギーを使ってまかなうことは訳ありません。

動くためのエネルギー消費

現代社会はそれぞれの分野で化石燃料を必要とします。脱炭素社会では、それぞれの分野で必要なところには自然エネルギーを当てていくことになります。またエネルギーを少なくすることが可能な分野では、思い切りそのような方向に舵を切る必要があります。その代表格が「動く」ためのエネルギーです。
第一次産業は人にとって最も基礎的な産業です。人類が農耕を開始して以来、人の手を加える第一次産業では、何らかのエネルギー消費が必要となりました。しかしそれでも全消費エネルギーの2%しか消費しない、エネルギー的に見て持続的な産業となっています。
動くためのエネルギー消費はその十倍以上、現在の処25%と大きなエネルギー消費を必要とします。しかしこれを10分の1以下の2%程度まで、つまり第一次産業並みに少なくすることが可能なのです。
動くためのエネルギーの90%弱が自動車で使われています。自動車の消費エネルギーを少なくすることは、脱炭素を実現するためには不可欠となります。CO2削減や脱炭素で、電気自動車や水素自動車が、必ず話題になるのはこのためです。
しかしもっと良い方法があります。それは鉄道をうまく活用することです。日本では鉄道が発達しています。さぞ消費エネルギーは大きいと考える人も多いでしょうが、自動車の消費エネルギーが90%弱に対し、鉄道の消費エネルギーは、動くエネルギーのわずか1.7%なのです。鉄道を運輸の柱とし、自動車を従に持って行くことで、非常に大きなエネルギー消費を達成できます。そのような形に持って行くことにより、動くためのエネルギーを全体の2%程度に抑えることが出来るのです。

分散型社会

化石燃料は集中型社会を生み出しました。産業革命で人が都会に集中し始めたことは良く知られています。日本も江戸時代までは分散型社会でしたが、明治の近代化以降、都会に住む人口が高まっていき、高度経済成長でそれは更に加速し、東京一極集中という、感染にも極度に弱い社会が造られました。それを支えるのが化石燃料、そして原発、これらは集中できるエネルギーとして、集中型社会を生み出してきたのです。
太陽エネルギーは集中していません。地球の至るところに降り注ぎます。東京に降り注ぐ太陽エネルギーを、東京で消費するエネルギーと比較すれば、圧倒的に消費するエネルギーが大きいことが解るでしょう。高層ビルにソーラーパネルをとりつけても、砂漠に一滴の水で、何の役にも立ちません。事実私が見つけたあるビルでは、取付けたソーラーパネルの一日の発電量が、一時間に消費する電気エネルギーの数千分の一という表示を見て、学生達に示すのは良いエネルギー教育だと、学生を連れて行っては表示を見るのを楽しみにしていましたが、どういう訳だかその表示は予告なく当たり障りの無い、広告などに切り替えられていました。
太陽エネルギーの恩恵を、遺憾なく受け止めるには、集中を止め、分散型社会に切り替える必要があります。
世界では化石燃料消費の一万倍を誇る太陽エネルギー
都会での化石燃料消費は、太陽エネルギーの一番倍に及んでいるのです。
都会は遅れている!!

LRT

大都会はこのように時代遅れになりつつあります。これからは周囲に豊かな自然を持つ地方都市が新しい時代を牽引していくでしょう。豊かな自然は、太陽エネルギーをまさにそのエネルギーとして森羅万象を造りだしているのです。森羅万象が太陽エネルギーを変化させ、様々なエネルギーを造りだしています。それを利用して持続的な社会を造ること、それがこれからの新しい時代の基本姿勢となるでしょう。
しかし地方都市には、大きな遅れが通常見られます。それは動くです。多くの地方都市では自動車が欠かせません。自動車依存社会は、これから成り立っていかなくなるでしょう。しかし電車を導入すれば良いのです。それが新世代路面電車LRTです。
LRTを日本各地の地方都市に、その地域を持続的な社会にする原動力として、地域性を生かしながら導入しましょう。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

おすすめの記事