化石燃料って何だろう

化石燃料とは

化石燃料って何でしょう。
エネルギーって何だろうと聞かれて、答えに困る人が多いのは解りますが、化石燃料って何だろうって聞かれて、はて何だろうと考えるのは、現代人としてちょっと困りますね。でも意外とそういう人は多いかも。

例えばで答える

答え方の一つは例えばで答える方法がありますね。例えば石油みたいな主として地中から取れるエネルギー源です。これはいい答えですね。
主としてを外して地中から取れるエネルギー源ではいけないのでしょうか? 地中が海底を含むと考えたら正しい答えになりますね。海底から掘る石油もあります。日本と中国の間には海底油田がありますから、そのうち海底から採った石油も使われるかも知れません。さらに地中は地中深くを含みますから、頁岩層から採る石油もあります。シェールオイルですね。このように海底や地中深くを地中に含むことをしっかり理解した上で、次のように答えると化石燃料のかなり正しい定義になります。

地中から採れる、石炭・石油・天然ガスの三種類のエネルギー源が化石燃料です

化石燃料には石炭、石油、天然ガスの三種類があります。それ以外の化石燃料はありません。何故か。物質には三態、固体・液体・気体しかないからです。常温で固体の石炭、常温で液体の石油、常温で気体の天然ガスの三種類しかないわけです。これらはすべてエネルギー源です。何故エネルギー源かと言えば、燃して(すなわち酸化して)CO2とH2Oを生成し、そのときエネルギーが発生するからです。化石燃料という燃料は、燃えてCO2とH2Oになりますが、そのとき熱エネルギーが発生します

化石燃料は一次エネルギーである。

社会的なエネルギー問題を理解するのに必要な概念に、一次エネルギーがあります。一次エネルギーとは、そのままでエネルギー源になるエネルギーを言います。例えば電気は一次エネルギーではありません。生成されなければならないからです。言い換えれば、何かのエネルギーを電気エネルギーに変えなければいけません。この意味で電気エネルギーは二次エネルギーになります。
水素エネルギーも一次エネルギーではありません。水素は大気中にごくわずか含まれます。だから大気中から取り出すことは原理的には可能です。しかし水を電気分解したほうが安上がりですむでしょう。電気エネルギーを水素エネルギーに変えるわけです。この場合電気エネルギーがすでに二次エネルギーですから、水素エネルギーは三次エネルギーになりますが、通常三次エネルギーとはいいません。何かから生成されるエネルギーは、二次エネルギーのくくりで考えます。要は一次エネルギーだけが真のエネルギー源なのです。これを理解しない論法が、社会的なエネルギー論の中で、頻繁に見受けられます。

地中から採れる一次エネルギーは、化石燃料と核エネルギーだけである

では化石燃料以外の一次エネルギーはあるのでしょうか? あります。しかしかなり種類が限られます。それは核エネルギーと自然エネルギーだけになります。
自然エネルギーは別に改めて考察します。むしろこのブログ全体の課題です。ここでは自然エネルギーを除いたら、一次エネルギーは核エネルギーだけしかないことをしっかりと捕えておきましょう。
この記事の後のほうで考えますが、化石燃料は有限です。したがって永遠にそれを頼る事は原理的に言って不可能です。いつの日か、化石燃料に頼らない時代がやってきます
それが昔から解っていたので、化石燃料に変わる一次エネルギーを20世紀の人達は探しました。そして核エネルギーがあると発見したのです。
しかし核エネルギーは始末に負えないエネルギー源でした。あまりにも危険だし、またその環境破壊力は恐ろしいものがあると。そして核エネルギーの貢献たるや、ごくわずかなものでした。核エネルギー(原発)が供給するのは電気エネルギーですが、世界のエネルギー消費のうち、原発が供給する電力はわずか2%なのです。原発事故前の日本でもわずか6~7%でした。したがって自然エネルギー以外の一次エネルギーは、化石燃料以外ないのだと考えたほうが、未来社会を考えるとき、考えやすいことになります。

化石燃料の性質1  密なエネルギー

化石燃料は密なエネルギー源です。集中してエネルギーを取り出せます。
石油をご覧なさい。自動車や飛行機は石油を使うようになって始めて、実用化されました。電気自動車は昔から試されていました。エジソンも電気自動車を試していました。しかし実用には至りませんでした。電池が重すぎたのです。
重すぎたという意味を考えれば、一定の重量のエネルギー源が運ぶエネルギー量が、石油に比べて格段に小さかったのです。これは今に至るまで電気自動車の問題であり続けています。電池の軽量化が、何よりも必要なのです。
現在の電力供給は、大規模発電所から遠く離れた大都会に、大量の電気が送られる構造になっています。大規模発電所は、通常大規模火力発電所であり、これも密なエネルギーと言えます。密なエネルギーである電気を遠隔地に送電し、密になった大都会のエネルギー需要を満たす、人口の過密を支えるのは、密なエネルギー源-化石燃料なのです。現代の大都会は、密なエネルギー源-化石燃料-に拠らずして支えることは不可能です。
思えば人口集中は産業革命によって大規模に始まりました。産業革命で生まれた大工場は、大量の働き手を欲しました。農村で余った手を、大工場がある都市に吸い寄せることで、大都市集中が始まりました。
大都市集中は、化石燃料大量消費と、切っても切れない関係があるのです。しっかりと考えれば、誰でも解る基本的なことなのですが、基本的なことほど、多くの人が理解したがらないという、不思議な構造があります。
これが現代に強まった現象なのか、それともいつも存在する現象なのか、私には解りませんが、今のところ現在に特に強くなった現象であると考えています。現代社会の閉塞状況を表す、末期的症状であると考えています。考える力を失った現代人達。新しい方向を多くが共有できるようになれば、また考える力も復活するでしょう。

化石燃料の性質2 限られたエネルギー源

化石燃料には致命的欠陥があります。それは限られたエネルギー源と言うことです。
そのことは昔から解っていました。日本の高度成長の終わり頃、オイルショックが起きました。それも二度も。第一次オイルショックは第四次中東戦争を機に起こりましたし、第二次オイルショックはイラン革命を機に起こりました。どちらも中東の政情不安が巻き起こしたもので、現在に至るまで社会的なエネルギー論者が、中東情勢に詳しいエコノミストであるという現象が今でも続いています。
それでは中東の石油は無限にあるのでしょうか? 誰もそうは思っていません。可採年数という概念がオイルショック以来注目され始めましたし、今でも資源エネルギー庁が毎年公表する指標の一つです。
これに関して面白い本があります。石油の埋蔵量は誰が決めるのかという本です。


石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門 (文春新書)

筆者は長年商社で石油買い付けを担当してこられた人で、石油の有限性とか、あるいは可採年数の細かい仕組みなど、政治的にもよく知っておられる方です。また上に述べたように、水素エネルギーが次世代のエネルギーと考えることは出来ないと、一次エネルギーの概念を正しく理解しておられます。

ただ問題は、というかこの著者だけの問題ではないのですが、この著者がエネルギー保存則を基に考えておられないのです。つまりエネルギーは科学技術の発展で作り出せるものではないと、しっかり認識しておられないのです。繰り返し「人類の英知を信じよう」という言葉が出てくるのですが、その英知は化石燃料を継ぐ未知のエネルギーが現れると考えているようにしか見えないのですね。これがこれまで会ったほとんどの社会的エネルギー論者の基本姿勢です。
理にかなわない期待は、現代日本の共通な期待で、これはもう病理としか思えません。
それでもこの本は化石燃料に対する理解を間違えなく深めるものであり、私も勉強させて頂きました。興味ある方のご一読をお勧めいたします。

化石燃料の性質 3 化石燃料大量消費による環境破壊

化石燃料大量消費は環境を破壊します。CO2排出による地球温暖化が世界中で問題視されていますが、要は化石燃料大量消費に対する警告です。化石燃料大量消費による温暖化といったほうが解りやすいと考えます。何しろエネルギー消費量はごまかしようがない量ですから。
今コロナ禍の中、九州を中心に大豪雨に見舞われています。近年毎年のように日本のどこかが大豪雨に見舞われています。2018年は近畿でした。東京から京都に移った年に起きた大豪雨です。しっかりと覚えています。そのときに日本近海の水温が1~2℃、この百年の間に上昇していることを捕え、その原因を火力発電からの、海への大量の熱放出にあるだろうとHPに書いたものが、今も残っています。
異常気象についての考察のページに行く>>
その後次の年には東日本、今年は九州で、いずれも観測史上初めてという雨量を観測しています。明らかな異常気象です。化石燃料大量消費を続けると、これからもこのような被害は続くでしょう。

まとめ

化石燃料は石炭、石油、天然ガスの三種類である。地中から採れるエネルギー源で、一次エネルギーである。化石燃料は密なエネルギー源であり、過密な現代社会を支えている。だが化石燃料は有限である。そして化石燃料は環境を破壊する。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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