Black Lives Matter

Black Lives Matterが世界的な運動になっている。

そしてコロンブス像などがデモの人達の攻撃の対象となっている。リバプールではビートルズの歌で有名なペニーレインも攻撃の対象であるという。非常にラディカルな動きだと思う。
コロナ災禍の中でこのような運動が激化するのは偶然だろうか? もちろん発端は白人警官による黒人への過剰な制圧行動が動画で明らかにされたことにあるのは間違いない。またリンカーンの奴隷解放にもかかわらず、マーティン・ルーサー・キング牧師による公民権運動の成果にもかかわらず、黒人差別は根強く、ひいては日本人にもかかわる人種差別が根強くアメリカ社会に残っていることが、大きな背景であり、それが噴出したことがあるには違いない。

現代社会の根本的な価値観が崩れていく過程にあるのでは?


しかし世界の人々が現代社会の根本にある価値観に、コロナ災禍を契機として大いなる疑問を持ち始めたということを示しているのではないかと私は考えている。
ヨーロッパでは度重なるペストの流行が有名である。事実ニュートンが万有引力の法則を発見したのは、彼がまだ学生の頃、ペストの流行で大学が閉鎖され、仕方なく生まれ故郷の実家に閉じこもったとき、思索にふけることが出来、そこで考えついた結果である。まずヨーロッパで学校閉鎖を今回行ったのは、その故事にちなんだのであろう。急な要請で日本中を驚かせた安倍さんはそのことを知っていたのだろうか? 何故学校閉鎖を考えたのか、今となって効果はどれだけあったのだろうかと考えても仕方が無い。
ペストはヨーロッパの人に中世を思い起こさせる恐怖である。中世を脱して近代に入ったヨーロッパは、世界の指導者となり、進歩を重ねて現代に至っているというのが、現代社会を動かしている基本的な考え方であろう。その進歩の結果様々な良いことが実現された。ペストに代表される感染症もアフリカなど遅れた国々を除いて基本的には克服された。そう現代社会は考えている。そしてほとんどの日本人も。

進歩のネガティブな側面がコロナである

「進歩」による恩恵は当然ネガティブな側面を伴う。人間が自然を支配できると考えた結果の環境破壊である。日本ではCO2削減が免罪符のように唱えられ、それを削減することで正常な進歩が続けられると皆が思っている。しかしきちんと数量的に調べると、日本ではCO2削減は全く進んでいない。一方ゲリラ豪雨、毎年繰り返される熱中症の増加、巨大化する台風はすべて、エネルギー大量消費による環境破壊である。そのことはエネルギー消費を冷静に調べてみれば解る。エネルギー大量消費は明らかに産業革命の産物であり、近代以来の西欧文明が生んだものであることは言うまでも無い。したがってこれらの環境破壊は、「進歩」によるネガティブな側面である。
COVID-19は「進歩」のネガティブな側面の最たるものである。追い払ったと思った感染症の悪夢が、あっという間に全人類を襲った。進歩の恩恵の結果追い払ったと信じていた感染症が、かつてない規模で全世界を襲ったのである。当然「進歩」の恩恵とは何だったのかと疑わざるを得ない。
さらにはCOVID-19は明らかに「進歩」が生み出した産物である。中国は共産党一党独裁の元で、急激な進歩を取り入れた。民主主義という近代ヨーロッパの基板となる思想は、急速な進歩の歩みに場合によってはブレーキをかける役割を果たしてきたが、中国は21世紀に入ってそのブレーキ機能を持たずに進歩してきたのである。その結果地域格差が巨大なものとなり、前近代的な地域と超現代的な地域が混在してしまった。そして前近代的な地域に発生した新型ウィルスは、あっという間に進歩の最前線である大量のジェット機のおかげで、全世界に新型ウィルスをまき散らすことになった。LCCを含む最新の装置が、急速に広まるパンデミックというげにも恐ろしい環境破壊を生み出したのである。現代社会の基盤にある「進歩」という考えは、恩恵をあたえるどころか人類に最悪の環境破壊を生み出すのではないか? そう人々が感じているとしても不思議ではない。言い換えれば現代社会の基盤になる考え方が、時代遅れになりつつあるのだ。

近代の基盤を疑えばこそ、近代以来の英雄の負の側面を発見する

このようにコロナ災禍は近代以来の進歩を否応なしに人々に考え直させる事件であった。近代からの歴史が大きな曲がり角に立っているのだ。百年後の人々は西欧近代から続いた考え方を乗り越えて、新しい時代を築いているだろう。今からその時代を予見することはほとんど不可能である。未来が現代社会の延長にあると考えては時代を見誤ることになる。それを世界の人々は敏感に感じ取っているのだ。
黒人は何故アメリカにたくさんいるのか? もちろん奴隷として連れてこられた人が多かったからだ。近代の負の側面として奴隷が必要だった。アメリカが進歩ー発展するために。「もちろん」進歩のおかげで白人リンカーンによる奴隷解放が行われ、さらには黒人キング牧師による公民権運動も実った。進歩のおかげで黒人大統領も生まれた。進歩を信じるからには、その進歩推進の象徴である人物ー例えばコロンブスーを否定することはできない。しかし近代の基盤ー進歩ーを疑えばどうなる?
基本を疑えばもっと基本的なものを人は本能的に探すであろう。そして見つけた進歩より基本になるものがlivesすなわち人々の命だった。黒人達の命、すべての人々の命、それがmatterであるというのだ。今でも初級英語では定番なのだろうか? 私が中学生のときに習った基本英語の文の一つが"What is the matter with you?"だった。「どうしたの」と訳すのだと中学の英語教師は教えてくれたが、訳だけで考えると真意を見誤るという実例の一つであると思う。
"Hi"とか”How are you?"とか気軽に声をかけるのが英語圏の人々だ。"What is the matter with you?"と声をかけるとき、明らかに異常を感じ取っての挨拶である。matterという単語はそのような重みがある。"What is the matter with us?"と問いかけた世界の人々は"Black lives matter"と思い至ったのである。進歩より人々の命が基本なのだと。これを解らず相変わらずの「進歩」の手段である「改革」を掲げる人達に、新しい日本の”matter"は解らないだろうし、日本の舵取りを任せるわけにはいかない。歴史の舞台から消えてもらわなければならない。

まとめ

コロナ禍のなかで、さまざまな事が同時進行しています。日本では安倍政権が末期的症状を示していますし、都知事選も小池百合子の独壇場とも見えますが、相変わらず東京大改革など、そもそも大改革って何よと言われたら、内容空虚な言葉しか出てこないでしょう。もともと世界の価値観が大きく揺らぎ始めているときに、コロナが襲ってきたという、世界史的に見ればそういう状況だと思います。
Black Lives Matterといってデモをする、stay homeと言われる中で全く乱暴なと思いますが、それだけ若者達が敏感に世界史的な危機を感じ取っている証だと思います。進歩という価値観は、近代の価値観の基礎として、長い間不動の位置を占めていました。その進歩が空疎な響きを持ち、人々がうさんくささをその単語に感じて久しい、前世紀末からの歴史の流れでした。進歩より人の命を価値観の基礎に置いた、新しい時代の創設が始まりつつあります。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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