三銃士と百合の花

血湧き肉躍る三銃士

三銃士って小説ご存じですか?
子供向けの本で読んだことがあると思い出す人もおられるかも知れません。私もそうでした。子供時代、私の従兄弟がいつも岩波少年文庫を10冊ほどまとめて送ってくれ、着くとむさぼり読んだものです。もちろんその頃はネットなどなく、テレビも普及していませんでしたから、読書が大きな楽しみだったのです。片端から読むのを乱読と言いますが、小学校高学年のときに、私の乱読の癖がついたようなものです。
着いたときはワクワクして一日一冊は読んだでしょうか?一週間ほどで10冊のほとんどに眼を通します。すると読むものが無くなるので、面白い本を繰り返し読んでは楽しんでいました。その中の一冊が三銃士だったのです。
面白いストーリーなので、何回も映画化されたり、テレビアニメになったりして、それでご覧になった方のほうが多いのではないかと思います。アレキサンドル・デュマ・ペールの作品は面白く、大衆受けがして、そして歴史的背景が壮大に描かれています。そして数々の陰謀と嘘も。偉大さと嘘が両立することを、あるいはあらゆる嘘の中でこそ、真摯な真実が美しいと、大衆に理解させてくれる作品が「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」なのです。

三銃士の敵役 リシュリュー枢機卿

三銃士の敵役として、リシュリュー枢機卿という人が出てきます。この人は近代フランスを成立させた立役者です。ドイツやオーストリア、あるいは東欧諸国と違って、フランスは中央集権化が強い国です。それを成り立たせたのがルイ13世を補佐したリシュリューでした。
私がアメリカにいた頃、首都ワシントンの本屋さんに行くのが楽しみでした。そして歴史の本棚にも頻繁に訪れました。そしてリシュリューが歴史学の教授達によって常に議論されていることに強い印象を持ちました。
リシュリューは枢機卿という地位にありましたから、カトリックの高位の神父です。ローマ教皇の選挙権も保持します。そのリシュリューがやったことは、まず三銃士の舞台背景ともなるラ・ロシェルの包囲戦を指揮し、フランスからプロテスタント勢力を一掃したことです。
これがフランスが強力な王権を持って、統一王国になる土台となりました。一方そのころハプスブルク家が、スペインを基盤に強力な力を持っていました。スペインは大航海時代の栄光と世界中の富の蓄積で、絶大な権力を持っていました。それに対抗してイギリスやオランダなど、新興国が勃興しつつありました。日本でも最初に来た西洋人はポルトガル人でしたが、徳川時代南蛮船と言えばオランダに変わっていきます。そのさなかを駆け抜けたのがリシュリューでした。
西欧近代が成立する時代でした。自然科学で言えば、ガリレオやケプラーの時代です。近代ヨーロッパを政治的にも作り上げる土台となった30年戦争の一方の立役者、神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント二世は、ケプラーの生涯を語るとき欠くことが出来ない人物です。
リシュリューは30年戦争にも深く関わっています。国内ではプロテスタントを追い出しながら、国際政治の舞台ではプロテスタントの国であるスウェーデンと同盟します。カトリック支配に対してプロテスタントが反抗ののろしをボヘミア(チェコ)で上げたのをきっかけに始まった30年戦争が、カトリック国フランスとプロテスタント国スウェーデンが、神聖ローマ帝国とスペインのハプスブルクに対抗する図式に変わり、全欧州戦争(ヨーロッパ戦国時代)としてウェストファーレン条約で終わるという筋書きの立役者がリシュリューでした。そこにはリシュリューの巧妙な駆け引きがあるのです。当然嘘も。
リシュリューは巧妙な策略に富んだ政治家として、三銃士では描かれています。フルバージョンで三銃士を読めば、嘘をつかれるのが悪いという、明らかな視線が貫かれているのが解ります。と言うか、むしろこのようなすべてカットした少年版をあたかも原本の忠実な訳であると見せかける戦後文化が、日本での嘘をついてはいけない文化であり、逆に質の悪い嘘でごまかす政治家達を結果として生み出していったことに、現代日本の悲劇があるように思います。
すべての登場人物が計算ずくでの嘘をつきます。主人公ダルタニアンも嘘をつきます。三銃士達も。ダルタニアンと三銃士は切っても切れない、仲が良い好青年として描かれますが、決して一筋縄ではいきません。四人がそれぞれ秘密を持っています。その証拠に主人公ダルタニアンだけは本名ですが、三銃士アトス、ポルトス、アラミスはすべて仮名であることが小説の設定です。それぞれ理由があって、仮名を使って銃士となっているのですが、秘密あるいは嘘を抱えているのです。その中で四人の誠意ある結束がこの小説最大の魅力なのです。

one for all, all for one

このフレーズは近年日本ラグビーファンの間で有名になりました。このフレーズは小説三銃士で、非常に印象深く主人公ダルタニアンの口から出てきます。一人は四人の為に、四人は一人の為に。四人とはダルタニアンと三人の銃士達です。間違いなくこの言葉をラグビーで使おうと考えた人は、熱心な三銃士ファンの一人だったと思います。
ラグビーでこの言葉を考えて見ましょう。ラグビーとサッカーが大きく異なるのは、15人の役割が違うことです。何となくではなく、しっかりとフォワードとバックスが分けられています。その中で更に細かく各人の役割が決められています。スクラムを組むとき、8人すべてが力を合わせます。one for eightです。そしてバックスにボールがゆだねられます。one for all。そしてトライするとき、すべてのチームの力で、ハイライトであるトライが成し遂げられます。まさにall for oneです。
三銃士でもこの言葉が生きています。というより、この言葉はその後にすぐ続く三銃士最大の筋書きの一つである場面を象徴したフレーズなのです。
恋人コンスタンスを通じて依頼されたルイ十三世の王妃アンヌ・ドートリッシュ(オーストリアのアンヌという意味で、王妃がハプスブルク家出身の政略結婚の犠牲者であることが暗示されている)からの使命-敵国ロンドンに渡って王妃の12個のダイヤからなるブローチを、敵方バッキンガム公爵から取り戻して欲しい-を切っても切れない四人に依頼するとき、その目的を誰にも伝えず納得させる場面でのフレーズなのです。
詳しい目的は秘密だから言えない。だが俺を信頼してくれ。大切なミッションなのだ。そして一人一人がそれぞれの役を果たそう。one for all。
俺が懐に手紙を持っている。おれが倒れたらだれかが代わって持ってくれ。そいつが倒れたらまた誰かが代わる。そして最後に一人がロンドンに着いてミッションを果たせば良いのだ。all for one。
そういう説明をする新参のダルタニアンを、最年長のアトスが支持し、皆が同意するのを見て、ダルタニアンがいう言葉がone for all, all for oneなのです。ラグビーの名場面を見ているようでしょう。
そして実際、王妃の敵リシュリューが策略を巡らし、行く先々で邪魔に会うグループの、危機毎に一人一人が脱落する中を、最後にall for oneでミッションを達成するダルタニアンがロンドンに劇的に到着する、その過程を文豪デュマは遺憾なく描写していきます。

謎の女主人公ミレディ

枢機卿リシュリューは三銃士にも何度も登場します。しかしリシュリューの四人に対する対抗は、謎の女性ミレディに体現されています。この女性もあるとあらゆる嘘と権謀術数を尽くします。利用できる男を利用し尽くし、必要なくなった男を抹殺し、そして今や西洋史にも画期的な足跡を残すリシュリュー枢機卿を利用しつつある謎の美人ミレディが、間違いなく小説三銃士を劇的なまでに面白くしています。

主人公ダルタニアンと謎の女性ミレディの濃厚な嘘に満ちた濡れ場は少年版三銃士ではカットされますし、多くの映画やアニメ版でもカットされていると思います。しかし少年版で読んだ大人達に、全貌はこうなのだよと教えるために、フルバージョンは是非とも読めるよう出版界は努力すべきでしょう。この嘘の交わしあいの濡れ場は最高に面白いし、だまされるのが悪いということを強烈に示している場面です。「この印籠が見えぬのか」が通用する西欧文化ではないと、痛快にも教えてくれる場面です。

ミレディが先ほど述べた4人の友のロンドン行ミッションを妨げる危機を次々に考え出す張本人です。そしてダルタニアンとアトスに彼女の正体が分ってきます。二人はこの秘密を二人だけの胸に秘め、更なるストーリーの展開に四人とその従者達を巻き込んでいきます。その謎とは

ミレディは肩に百合の花の刻印を押されていた

ミレディの肩には百合の花の刻印(フランス王家が許さぬ恐ろしい罪を犯している証拠であると記述されています)があるというのが、ダルタニアンとアトスが実際に見た経験です。
これだけで、意味深であることがおわかりでしょうが、アトスの本名はラ・フェール伯爵であり、由緒正しい貴族であったが、若い頃清楚な美しさに包まれたように見えたミレディを、周りの反対を押し切って妻とします。そして夫婦で狩りを楽しんでいたとき、落馬した妻(すなわちミレディ)を助けようと、服を緩めた結果見たのが百合の花の焼き印でした。
ダルタニアンは先に述べた嘘に満ちた互いの駆け引きである男女の濡れ場の中でこの秘密を知り、かつて女性の怖さとして話してくれたアトスの前妻がミレディだと知るわけです。
その後もミレディの策略とそれに対抗する四人のストーリーとして三銃士は展開します。その無修正版の面白さは大人が読んでも思わず引き込まれます。多くの人がその魅力に引き込まれたと思います。

小池百合子氏のお父さんも三銃士ファンだった?

小池百合子氏のストーリーが、知事選の前に盛り上がっています。小池百合子氏はお父さんの影響が非常に大きいということです。猛毒があっても可憐に見える百合の花。ひょっとして彼女のお父さんも三銃士ファンだったのかも知れません。

コロナ渦の中で、正直を貫く市民が目立っている

コロナ渦の中で正直な市民が、強い意志を貫く場面が目立っています。北朝鮮拉致被害に、後半生をかけて一筋に生きてきた横田滋さんの死、森友問題で国有地払い下げの担当を強いられ自殺した正直な官僚の奥さんの真剣な訴訟。日本は今末期的な症状を呈し、政治家達は質の悪い嘘で凝り固まっていますが、これに対抗できるのは、庶民のひたすら正直な気概しかないのかも知れないと思っています。大きく変わりゆく予兆に満ちたこの時代、屈原の故事に習って、日本国民は横田滋さん達を見習って、ひたすら実直に自分の課題に直に向き合い、新しい時代の到来を待つしか無いのかも知れません。多くの国民が真摯に取り組めば、新しい時代はきっと開けるでしょう。

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三銃士 (10歳までに読みたい世界名作)


三銃士〈上〉 (岩波文庫)ミレディのストーリーは<下>も合せて買って下さい。

えねるぎぃっ亭南駄老でした。

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